サングラスの向こう側

面白い

真夏の太陽が街を照らす。
歩道を行き交う人々は汗をぬぐいながら日陰を探している。
そんな中、一人の青年が軽やかな足取りで歩いていた。
彼の名は拓真。
いつもサングラスをかけていることで、近所ではちょっとした有名人だ。

彼の部屋の壁には、棚ごとに整然と並べられたサングラスがある。
丸いレンズ、スクエアなフレーム、色付きのミラーレンズから、シンプルな黒縁まで。
その数は百本を超えていた。
拓真にとってサングラスはただの小物ではなく、自分を語る言葉であり、世界との距離を調整する道具でもあった。

中学時代、彼は人の視線が苦手だった。
何か発言すれば笑われる気がして、黒板に答えを書く手はいつも震えた。
そんな彼に転機をもたらしたのは、母が旅行のお土産に買ってきた一つのサングラスだった。
レンズを通して見る景色は、少し色がついて不思議なほど落ち着いて見えた。
クラスメイトと目を合わせるのが怖かった彼も、サングラスをかけると不思議と肩の力が抜けた。

「これが僕の盾なんだ」

以来、拓真は少しずつ人前に出られるようになった。
高校では文化祭のステージに立ち、バンドでギターを演奏した。
観客の前でも堂々とできたのは、サングラスの奥で震える瞳を隠せたからだ。

大学に入ると、彼はサングラスをファッションとしても楽しむようになった。
街で偶然出会った古着屋の店主に、「君はサングラスの似合い方を知ってる」と褒められ、それをきっかけにデザインや素材にもこだわるようになる。
アルバイト代のほとんどを注ぎ込み、休日は各地のフリーマーケットを巡った。
彼にとってサングラスは、過去の弱さを隠す道具から、自分を表現する武器へと変わっていったのだ。

ある日、拓真は路上で似顔絵を描く若い女性に出会う。
彼女は人懐っこい笑顔で「そのサングラス、似合ってるね。描かせてもらえない?」と声をかけてきた。
彼女の名前は優衣。
彼女は、絵を描くとき人の目をよく観察するというが、拓真のサングラス越しの瞳はほとんど見えない。

「どうしていつもサングラスなの?」と優衣に聞かれたとき、拓真は一瞬答えに詰まった。
盾としての役割をもう誰にも言いたくなかったからだ。
けれど、彼女のまっすぐな視線に押されて、過去のことを少しずつ話した。
笑われるかと思ったが、優衣は黙って聞き、最後に「そのサングラスは、あなたが自分らしく生きるための大切な友達なんだね」と微笑んだ。

その言葉に、拓真の心は軽くなった。
誰かに理解されるだけで、サングラスが単なる小物ではなく、自分の歴史を一緒に歩んできた証だと感じられた。

時は流れ、拓真は社会人となり、デザイン会社で働き始めた。
服飾や雑貨の企画を任される中で、彼はふと考えた。
「自分のように、サングラスに救われる人がいるんじゃないか」。
そうして彼は、自分のオリジナルブランドを立ち上げることを夢見るようになる。
シンプルなデザインで、かけると心が少し軽くなるようなサングラスを――。

優衣は今でも彼のそばにいて、展示会のポスターに使うイラストを描いてくれる。
二人は仕事のパートナーであり、人生の伴走者でもあった。

ある春の日、拓真は公園で子どもたちと遊ぶ父親を見かけた。
その父親はサングラスをかけていて、子どもと楽しそうに笑っている。
その姿に、拓真は未来の自分を重ねた。
サングラスをかけながら、もう「隠れる」ためではなく「楽しむ」ために笑う自分を。

――太陽が照りつける季節がやってくるたびに、拓真は新しいサングラスを手に取り、自分の歩んできた道を思い出す。
そしてまた一歩、未来に向かって歩き出すのだった。