たぬきの恩返し?

山あいの小さな村に、一匹のずる賢いけれどどこか憎めないたぬきが住んでいた。
名前は「ぽん太」。
ぽん太は人を化かすのが得意で、よく村人たちを驚かせては笑って逃げていった。

ある日、ぽん太は村の豆腐屋の前で腹を空かせて座っていた。
豆腐屋のじいさんは頑固で有名だったが、ぽん太を見てため息をつきながら言った。
「ほら、残りもんだ。腹の足しにしな」
差し出されたのは少し固くなった豆腐。
ぽん太は目を丸くして受け取り、夢中で食べた。
「じいさん、ありがとう! 今度絶対、恩返しするからな!」
そう言って走り去る姿に、じいさんは苦笑するばかりだった。

その夜。
ぽん太は「どう恩返ししようか」と悩んだ。
考えに考えた末、豆腐屋を手伝うことにした。
だが、たぬきの恩返しは一筋縄ではいかない。

翌朝、じいさんが店に来ると、豆腐の桶がいっぱいになっていた。
誰が作ったのか不思議に思って味見すると、これが驚くほどまずい。
水っぽく、苦くて食えたもんじゃない。
「なんじゃこりゃあ!」
怒鳴った拍子に、裏でしょんぼりしているぽん太を見つけた。
「おまえか! 余計なことを!」
「ご、ごめん! 一生懸命作ったんだけど……」
じいさんは呆れたが、真剣な顔のぽん太を見ると、つい笑ってしまった。

それからぽん太は毎日豆腐屋に通い、こっそり手伝った。
最初は豆を水に漬けすぎたり、薪を燃やしすぎたりと失敗ばかり。
しかし少しずつコツを覚え、じいさんも仕方なく手取り足取り教えてやった。

月日が経ち、村では「豆腐屋の味が前より美味しくなった」と評判が広まった。
実際、ぽん太が工夫した「胡麻豆腐」や「甘い揚げ出し」が人気となり、客が増えていった。

ある日、じいさんはふと呟いた。
「わしはもう年だ。店を続けるのも難しいかもしれんなあ」
その言葉を聞いたぽん太は胸が痛んだ。
じいさんは厳しいが、本当は優しい。
あの豆腐を食べさせてくれた日のことを思い出し、どうしても店を守りたくなった。

翌朝、村人たちが豆腐屋に行くと、じいさんの姿はなく、代わりに大きな白い前掛けをしたぽん太がいた。
「いらっしゃい! 本日のおすすめは“たぬき豆腐”だよ!」
客たちは驚きつつも、ぽん太の作る豆腐を食べてみると、これがまた絶品だった。
香ばしい油揚げとふんわり豆腐の組み合わせに、皆が笑顔になる。

その日から村では「豆腐屋ぽん太」と呼ばれるようになった。
じいさんは隠居してのんびり過ごしながら、ぽん太の働きぶりを見守った。

――ただし、ぽん太は相変わらずのいたずら好きでもあった。
お釣りを渡すときに小石を混ぜてみたり、豆腐をわざと形を崩して「新しい芸術品です!」と売り出したり。
村人たちは困りながらも笑って許し、ますます豆腐屋は賑わった。

やがて村では「たぬきに化かされるのも悪くない」と噂されるようになり、観光客まで訪れるほどになった。

ぽん太はある晩、じいさんにこっそり言った。
「じいさん、あの時の豆腐、本当においしかった。だから恩返しできて、よかったよ」
じいさんは目を細めて笑った。
「ばかたれ。おまえがここにいてくれることが、わしにとっちゃ一番の恩返しじゃ」

月が山を照らす中、ぽん太はにやりと笑い、尻尾をふわりと揺らした。
「じゃあ、明日はもっと変な豆腐を作るぞ!」
「やめんか!」
二人の笑い声が、静かな村にいつまでも響いていた。