緑の光を探して

食べ物

春先、八百屋の店先に並ぶ艶やかなアスパラガスを見ると、山田浩一の胸は不思議と高鳴った。
背筋を伸ばすようにすらりと立ったその姿は、まるで新しい季節の訪れを告げる旗のようだった。
浩一にとって、アスパラはただの野菜ではない。
子供の頃から特別な意味を持つ食材だった。

小学生の頃、病弱だった浩一は食欲がなく、母をいつも困らせていた。
だがある日、祖母が畑で採れたばかりのアスパラを茹で、塩を振って差し出した。
鮮やかな緑、口に広がる甘み、そして噛むたびにきゅっと弾けるみずみずしさ。
驚くほど素直に、浩一の口は次から次へとアスパラを運んでいた。
その瞬間から、彼にとってアスパラは「元気の象徴」となったのだ。

大人になった浩一は、地方の食品会社に勤める傍ら、趣味で料理を学ぶようになった。
彼の食卓には常にアスパラがあった。
シンプルに塩茹で、ベーコン巻き、クリームパスタ、リゾット。
調理法を変えるたびに異なる表情を見せるアスパラに、彼は飽きることがなかった。

ある日、会社の後輩・美咲が昼休みにぽつりと呟いた。
「山田さんって、いつもお弁当にアスパラ入ってますよね」
浩一は思わず笑った。
「気づいた? 俺、アスパラが大好きなんだ」
美咲は小首をかしげる。
「好きってレベルを超えてません? 今日のも、卵焼きにアスパラ巻いてましたよね」
「だって、アスパラは万能なんだ。栄養もあるし、味も優しいし、何より、食べると体が軽くなる気がするんだ」

そんな会話をきっかけに、美咲は浩一の「アスパラ談義」をよく聞くようになった。
最初は冗談めかして笑っていたが、やがて彼の真剣さに惹かれていった。

ある春の休日、浩一は美咲を誘って北海道のアスパラ農園を訪れた。
広大な畑の土から、緑の芽が顔を出している。
農家の人に収穫体験を教わり、二人で膝をついてアスパラを一本ずつ摘み取った。
太陽の光をいっぱいに浴びたアスパラは、ただの野菜以上の生命力を宿しているように思えた。

収穫したばかりのアスパラをその場で軽く焼いてかじると、瑞々しい甘みが口いっぱいに広がった。
美咲は驚いたように目を見開いた。
「こんなに甘いなんて……! 今まで知ってたアスパラと違いますね」
「でしょ?」浩一は笑った。「俺が好きなのは、この瞬間の味なんだ。生命がそのまま舌に届くような感じがしてさ」

その日を境に、美咲もアスパラに魅せられていった。
二人は週末になると一緒に料理をし、アスパラの新しいレシピを試すのが習慣となった。
グリルにしてレモンを絞ったり、冷製スープにしたり、春巻きに包んでみたり。
試行錯誤を重ねるたび、二人の距離は自然と近づいていった。

やがて季節は夏から秋へと移り変わる。
アスパラの旬が終わっても、浩一の食卓からアスパラが消えることはなかった。
冷凍や瓶詰めも活用し、いつでも楽しめる工夫をした。
美咲もまた、彼の情熱に感化され、食材や季節を大切に思うようになっていった。

冬のある日、浩一は美咲を自宅に招いた。
テーブルには温かなポタージュスープと、オーブンでじっくり焼いたアスパラのグラタンが並んでいる。
湯気の向こうで、浩一は少し緊張した面持ちで言った。
「俺さ、アスパラが好きだってずっと言ってきたけど、本当は……美咲と一緒に食べるアスパラが一番好きなんだ」

美咲は驚いたように目を瞬かせ、それからふわりと笑った。
「ずるいですね。そんな告白の仕方」
彼女はスプーンを置き、そっとグラタンを口に運んだ。
「でも、私も同じです。アスパラを見ると、山田さんのことを思い出すようになりました」

二人の間に流れる空気は、まるで春風のように柔らかかった。

こうして、アスパラが結んだ縁は、ただの好物を超えて人生の一部になっていった。
緑の光のようなその存在は、彼らにとって希望と温もりを与え続ける。

そして今日もまた、食卓にはアスパラがある。
一本の野菜がつなぐ物語は、これからも瑞々しく続いていくのだ。