ミニチュアに宿る世界

面白い

木村絵里は、小さなものに心を奪われる人だった。
小学校のころから、消しゴムやボタンを集めては机の中に並べ、ひとりで想像の街を作っていた。
周りの友達がリカちゃん人形やカードゲームに夢中になっても、絵里の関心はその付属品――小さな机や小物のほうに向いていた。
指先でつまめる大きさに凝縮された世界が、自分だけの秘密を抱えているように思えたのだ。

大人になった今でも、その癖は変わらない。
休日になると彼女は近所のミニチュアショップや手芸店を巡り、小瓶や木片、布の切れ端を買い込んでくる。
帰宅後、机の上に広げ、ひとつひとつを組み合わせては、まるで別世界を組み立てるようにして作品を作るのだ。

たとえば、ティーカップほどの小さな箱の中に「古本屋」を再現する。
削った木片を本棚に見立て、厚紙を折り畳んで本の背表紙を作り、極小のラベルを貼る。
虫眼鏡越しに絵の具で細い文字を書き込み、最後に米粒より小さなランプを吊るす。
完成した瞬間、箱の中に微かな空気の流れすら感じるようで、絵里は息をのむ。
そこに誰かが暮らしているような、温もりを帯びた気配が宿るのだ。

職場では、絵里は無口で真面目な事務員として通っていた。
几帳面に書類を整理し、電話対応もそつなくこなす。
しかし同僚たちは、彼女が仕事帰りにミニチュア用品を買い集め、夜な夜な小さな世界を作っていることを知らない。
誰にも理解されない趣味だと思っていたから、語ることはなかった。

そんなある日、偶然が訪れる。
部署の同僚、佐伯が昼休みに「趣味で鉄道模型を作っている」と話し出したのだ。
机の上でスマートフォンを見せられると、そこにはジオラマの写真が並んでいた。
線路の脇に建つ駅舎、街灯に照らされた小道、列車の窓から覗く人形。
絵里は思わず声を上げた。
「すごい……! 私も、ミニチュアを作るんです」

自分から趣味を打ち明けたのは初めてだった。
佐伯は目を丸くし、「見てみたいな」と興味を示した。
その夜、絵里は迷いながらも、スマートフォンで撮りためた作品の写真を何枚か送った。
古本屋、パン屋、湖畔の小屋――指先の世界に広がる風景を見て、佐伯から「これは本当にすごいね。展示とか考えないの?」と返信が来た。

展示――。その言葉は絵里の胸に新しい扉を開いた。
これまで自分の部屋にだけ閉じ込めてきた小さな世界を、外の人に見せることなど考えたことがなかった。
しかし、もし誰かがこの小ささの中に宿る物語を感じ取ってくれるのなら、それは嬉しいことかもしれない。

数か月後、絵里は思い切って市の文化センターに「ミニチュア展示会」を申し込んだ。
初めての挑戦に不安で眠れない夜もあったが、準備を進めるごとに心は高揚していった。
古本屋の箱庭に加え、新たに「海辺のカフェ」や「夜の屋台」も作った。
豆電球を仕込んで灯りをともすと、まるで本当に湯気や人の声が聞こえてきそうだった。

展示会当日、会場を訪れた人々は作品の前に立ち止まり、しゃがみ込み、目を輝かせて覗き込んだ。
「かわいい!」「ここに住みたい!」そんな声があがるたびに、絵里は胸が熱くなった。
小さなものの中に感じてきた世界が、自分だけの幻想ではなく、他人にも伝わるのだと実感したからだ。

その帰り道、絵里はふと空を見上げた。
夕暮れの光が街をオレンジ色に染め、遠くに小さな電車が走っていく。
すべてがミニチュアのように愛おしく見えて、彼女は微笑んだ。
小さなものを愛する心は、世界を大切に見つめる目とつながっている。

それから絵里は、作品を作り続けながら、展示やワークショップにも参加するようになった。
仲間もでき、ミニチュアを通じて新しい物語が広がっていく。
指先に宿る小さな世界は、実は無限に広がる可能性を秘めていたのだった。