町外れの古びた文房具店「つばめ堂」には、ひっそりと貼られたシール帳がある。
陽に焼けた棚の隅に、それはまるで宝物のように置かれている。
そんなシール帳を見つけたのは、小学六年生の早川ひなただった。
ひなたは、キラキラしたシールを集めるのが大好きだった。
星型、ハート型、虹のグラデーション、ふわふわのエンボス加工。
ランドセルのポケットには、いつもお気に入りのシールが数枚入っていて、友達との交換も日課の一つだった。
だけど、学校では「まだそんなの集めてるの?」と笑う子もいた。
「ガチャのシールのほうがレアだし」と言う子もいて、ひなたはなんとなく、自分の“好き”を大きな声では言えなくなっていた。
そんなある日、学校帰りの道すがら、ふと入った「つばめ堂」で、ひなたはその古いシール帳を見つけた。
開いてみると、ページいっぱいに、色とりどりのキラキラシールが整然と並んでいた。
年代物のプリズムシールや、すでに販売終了したキャラクターシール。
どれも手入れが行き届いていて、愛情が伝わってくる。
「それ、うちの娘のコレクションなんだよ」と、店主の女性が微笑んだ。
「娘さんも、シールが好きだったんですね」
「そう。でももう大人になって、家を出たの。今は海外に住んでるわ。…でも、不思議ね。誰かがそのシール帳を開いてくれると、まるで娘がそこに戻ってきたみたいで、嬉しくなるの」
ひなたはうなずきながら、黙ってそのシール帳を眺め続けた。
その日は、たった一枚の星のシールを買って、家に帰った。
それから、ひなたは「つばめ堂」に通うようになった。
店にはもう新しいシールは入荷しないけれど、代わりに店主が昔の話を聞かせてくれる。
娘さんがどんなふうにシールを集めたのか、交換ノートにはどんな言葉が並んでいたのか。
そのひとつひとつが、ひなたにとってはまるで魔法のようだった。
ある日、ひなたは決心して、自分のシール帳を店に持っていった。
ページの端は少しよれていたけれど、丁寧に貼られたシールたちは、どれも彼女の宝物だった。
「とっても素敵ね」店主は目を細めた。
「あなたの“好き”が、ちゃんと詰まってる」
その言葉が、ひなたの胸の奥に、そっと火を灯した。
「わたし、もっとシール集めたい。誰がなんて言っても、キラキラしたものが好きだから。大人になっても、ずっと好きって言える自分でいたい」
それを聞いた店主は、奥の棚から一冊のノートを持ってきた。
それは娘さんが昔つけていた“シール交換ノート”だった。
ページの隅には、「好きなことを、堂々と好きって言える人になれますように」と、小さな文字で書かれていた。
ひなたはノートの空白ページに、自分の名前と、好きなシールの種類を丁寧に書きこんだ。
それは、新しい物語の始まりだった。
時が流れ、ひなたは中学生、高校生になっていった。
勉強や部活で忙しい日々のなかでも、シール帳だけは手放さなかった。
ネットで海外のシールを取り寄せたり、SNSで同じ趣味の人と交流したり。
かつては恥ずかしかった“好き”が、今では世界とつながるきっかけになっていた。
やがて大学生になったひなたは、ちいさなシール専門店を開いた。
「きらり堂」と名づけたその店には、子どもから大人まで、たくさんの“キラキラ好き”が集まってくる。
ひなたは、いつも笑顔で言う。
「好きって気持ちは、小さく見えて、とっても強い力を持ってるんです」
その言葉の通り、彼女の集めたシールたちは、今も誰かの心を、そっと輝かせている。