夜の静けさが町を包むころ、子ども部屋の本棚の上に置かれたぬいぐるみたちは、そっと目を開けた。
そこはぬいぐるみ王国「クッションランド」。
人間たちが眠るときだけ、ぬいぐるみたちは自由に動けるのだ。
その日、王国に異変が起きていた。
空に浮かぶぬいぐるみたちの大切なシンボル、「月のかけら」が突然消えてしまったのだ。
それは、ぬいぐるみに命を与える不思議な光。
かけらがなければ、ぬいぐるみたちはやがて動けなくなってしまう。
「これは一大事だ!」と立ち上がったのは、耳が片方ちぎれたウサギのぬいぐるみ「ルル」だった。
冒険好きな彼女は、すぐさま仲間を集めた。
仲間は、くたくたのクマ「ボロ」、好奇心旺盛なヒヨコの「ピヨ」、冷静沈着なネコの「ノア」の三体。
彼らは“ぬいぐるみ探検隊”と名乗り、消えた月のかけらを探す旅に出ることにした。
夜の街をこっそりと歩くぬいぐるみたち。
ぬいぐるみにとって、人間の世界は巨大なジャングルだ。
自動ドアを通り抜け、コンビニの裏手を通って、公園の奥の小さな神社にたどり着いた。
「この神社には、不思議なものが集まるって噂があるの」とノアが言った。
社の裏にまわると、小さな光がちらちらと舞っていた。
近づくと、それは月のかけらの破片だった。
「やっぱりここにあったんだ!」ピヨが叫んだ。
しかしその瞬間、影が現れた。
「そのかけらは返してもらうよ」
姿を現したのは、かつて人間に捨てられたぬいぐるみたちでつくる“影の縫い糸団”。
リーダーのクロクマ「シャドー」が、鋭い目でルルたちをにらみつけた。
「お前たちにはわからないだろう、持ち主に捨てられたぬいぐるみの気持ちが!」
「わかるよ…私も、一度ゴミ袋に入れられたことがある」とルルが静かに言った。
「でも、それでも私を拾ってくれた子がいた。いま、私はその子のそばで毎晩見守っている。それが、私の居場所なんだ」
ルルの言葉に、シャドーの目がかすかに揺れた。
「私たちの居場所も、どこかにあるのか…?」
沈黙のあと、シャドーは月のかけらの破片をルルたちに渡した。
「…好きにしろ。お前たちに託す」
探検隊は無事にかけらを持ち帰り、ぬいぐるみ王国の中心にある「心のランプ」にそれを戻した。
ふたたび空に月の光が灯り、ぬいぐるみたちの命は守られた。
「きっと、シャドーたちも自分の居場所を見つけられるよ」とピヨが言った。
「私たちも、また見つけたんだ。仲間の大切さを」とボロがほほえんだ。
夜が明け、人間たちが目を覚ますころ、ぬいぐるみたちは再び元の場所へ戻った。
けれど、ルルの耳にはまだ、夜の風がささやいている。
——また新しい冒険が、きっと始まる。