レモンの木の下で

食べ物

高校二年の春、陽太は初めて一人でレモンをまるごと一個かじった。
酸っぱさで目の奥がジーンと痛み、しばらく口がきけなかった。
だがその一撃が、まるで人生を変えるような衝撃だった。

――これだ。

それまで何に対しても無気力だった陽太は、レモンをかじったその日から、レモンに夢中になった。
レモン風味の飴、レモンティー、レモンケーキ、レモン塩、レモンバームの香りのハンドクリーム。
気がつけば身の回りがレモン色に染まっていた。

「レモンが好きすぎるって、どこまでいくんだ?」

友人に笑われたとき、陽太は真顔で言った。

「レモン農家になる」

その言葉に、自分自身がいちばん驚いた。
しかし、不思議と心にしっくりきた。誰かが育ててくれたから、俺はあのレモンに出会えた。
じゃあ、自分も誰かの“最初の一口”を育てる人間になりたい。そう思った。

それから陽太は、農業高校に転校し、卒業後すぐに瀬戸内の小さな島に移住した。
祖父の知人が、高齢を理由にレモン畑を手放そうとしていたのだ。
住み込みで管理する条件で畑を引き継いだ陽太は、二十歳そこそこの若者ひとり、はじめての農業に飛び込んだ。

夏の草取りは地獄だった。
蚊に刺され、腰が痛み、日差しで肌は真っ赤。
冬の剪定は手がかじかみ、作業中に何度も指を切った。
台風が来ればレモンの木が倒れ、実が吹き飛ばされた。

それでも、朝、畑に立って風に揺れる葉音を聞き、レモンの実がだんだん黄色く色づいていくのを見ると、胸が熱くなった。
ひとつひとつ手で収穫し、傷がないか確かめながら箱に詰める作業は、まるで宝物を扱っているようだった。

三年目の冬、初めて「陽太レモン」という名前で出荷した。
販路は小さな直売所とネット通販。
注文は数えるほどしかなかった。
それでも、ある日届いた一通のメールが、陽太を泣かせた。

《はじめて皮ごと食べられるレモンに出会いました。小学生の息子が「このレモンなら毎日食べたい」と言っています。こんな素敵なレモンを作ってくださって、ありがとう》

自分の育てたレモンが、誰かの「最初の一口」になった。
それだけで、何もかも報われた気がした。

やがて口コミが広がり、陽太のレモンは東京の有名パティスリーにも使われるようになった。
島の小学生たちに「レモンのお兄ちゃん」と呼ばれるようになり、地域の人にも徐々に受け入れられていった。

そして、十年目の収穫期。陽太はふと、一本のレモンの木の前に立ち止まった。
その木は、農家になってすぐ、自分で苗から育てたものだった。
最初の数年は実がつかず、何度も折れそうになった。
けれど諦めず、毎年手入れをしてきた。
今、その木にはたわわに実った美しいレモンが鈴なりになっていた。

ひとつもいで、かじる。

酸っぱい。痛いほどに。

けれどその酸っぱさの奥に、深い甘みと、やさしい香りが広がっていく。

「……これだ」

十年前と同じ言葉を、陽太はもう一度つぶやいた。

レモンはただ酸っぱいだけの果物じゃない。
手間も時間も愛情も、まるごと詰まっている。
そしてその味は、食べる人の心をも変える力を持っている。

陽太は笑った。

「来年はもっと美味しくなるぞ」

そう言って、大切なレモンの木を、やさしく撫でた。