田中陽向(たなかひなた)は、バレーボールが好きでたまらなかった。
中学の入学式の日、体育館の端で見かけた先輩たちの練習に、陽向は心を奪われた。
ジャンプして、ブロックの壁を抜く鋭いスパイク。
仲間が叫び、必死でボールを追う姿
気づけば、胸が高鳴っていた。
「俺、バレー部に入ります!」
そう宣言した陽向は、小柄な自分に不安を抱きながらも、ボールに食らいついた。
最初はレシーブもまともに上がらず、先輩には何度も叱られた。
でも、悔しさより、楽しさが勝った。
放課後、体育館に響くボールの音が、陽向のすべてになった。
だが、現実は甘くなかった。
陽向の学校は市内でも強豪。
レギュラーを目指す者たちは皆、長身でパワフルな選手ばかりだった。
試合メンバー発表の日、陽向の名前はどこにもなかった。
悔し涙をこらえて、陽向は走った。
放課後も、朝練も。
ジャンプ力を鍛えたくて、階段ダッシュを繰り返した。
ある日、監督に呼ばれた。
「お前、リベロやってみないか」
その言葉に、陽向は驚いた。
リベロは守備専門。
スパイクを打つこともなく、目立つポジションでもない。
でも、陽向は即答した。
「はい、やります!」
そこから陽向のバレーは変わった。
誰よりも速く動き、どんなボールにも食らいついた。
床に体を投げ出し、指を擦りむいても、諦めなかった。
気づけば、チームメイトが陽向を「守護神」と呼び始めた。
迎えた三年生最後の大会。
市内予選、決勝戦の相手は、県内トップの強豪校だった。
相手のエースが放つ強烈なスパイク。
陽向は、反射的に飛び込んだ。
手のひらに重い衝撃。
——上がった!
仲間がつないだボールは、見事に決まった。
体育館が揺れるような歓声。
最後の最後、陽向のレシーブでチームは勝利をつかんだ。
試合後、仲間たちに抱きかかえられながら、陽向は思った。
自分には、才能も身長もなかった。
でも、好きで、諦めなかった。
それだけで、ここまで来られた。
バレーボールが教えてくれた。
好きという気持ちは、何よりも強い力になるのだと。