ふわふわの毛に包まれた小さなポメラニアン、ココは、町はずれの一軒家で暮らしていた。
ココは飼い主のさくらが大好きだったが、ひとつだけ心に秘めた夢があった。
それは――家の外の世界を、自分の足で歩いてみること。
いつもは庭までしか出してもらえない。
けれど、ある朝、さくらが新聞を取りに玄関を開けたその一瞬、ココは風のように外へ駆け出した。
「ココー!」
さくらの声が遠くなる。
はじめて嗅ぐ、町のにおい。
初めて踏む、土の感触。
ココはうれしくて、思わずしっぽを振りながら駆けた。
やがてココは、町のはずれにある「ポメの森」と呼ばれる林にたどり着いた。
ここには、かつてポメラニアンの王が住んでいた――そんな不思議な伝説がある。
森の中はひんやりと涼しく、葉の間から陽が差していた。
ココはくんくんと鼻を鳴らしながら、奥へと進んでいった。
ふと、どこからか声がした。
「そこのポメ、何しに来た?」
ココが振り向くと、そこには灰色のリスがちょこんと立っていた。
「ぼく、ココ。冒険に来たんだ」
リスは目を丸くした。
「冒険?この森には“迷いの谷”があるんだ。入ったら二度と出られないって話だよ」
でも、ココは怖くなかった。
むしろ心が踊った。
「行ってみる!」
リスはあきれたように笑ったが、やがて「ついて行ってあげるよ」と言った。
こうしてココとリスの冒険が始まった。
森の奥、暗く深い茂みの先に、“迷いの谷”はあった。
谷は霧に包まれていて、どちらを向いても同じ景色に見える。
「大丈夫か?」リスが心配そうに聞く。
「うん。なんだか、呼ばれてる気がする」
ココはふわりと霧の中に踏み出した。
その瞬間――
霧が晴れ、光が差し込んだ。
目の前には、黄金色の毛を持つ大きなポメラニアンが立っていた。
「ようこそ、勇気ある子よ」
それは、伝説のポメラニアンの王、レオンだった。
「迷いの谷は、心が強く純粋な者にだけ、道を開く。
お前はその心を持っている」
ココはぽかんと口を開けた。
レオンはにっこりと微笑み、ココの頭に鼻先で触れた。
「これからも、君の冒険心を忘れるな」
次の瞬間、ココは森の入り口に立っていた。
隣には、リスがいて、「びっくりしたー」と言っていた。
空は夕焼け色に染まっていた。
「帰ろう。きっと、さくらが待ってる」
ココはリスにそう言い、家へと駆けだした。
玄関の前には、心配そうなさくらが立っていた。
「ココ!」
ココはしっぽを思いきり振って、さくらの腕に飛び込んだ。
その夜、ココはさくらの腕の中で眠った。
胸には、レオンに触れられたときの温もりが、ほんのりと残っていた。
そして、心の奥には決まっていた。
冒険は、これで終わりじゃない。
ココの大冒険は、まだ始まったばかりなのだ。