白い風のルカ

冒険

ルカは、真っ白な毛並みをした日本スピッツの男の子。
くるんと巻いたしっぽと、どこか誇らしげな立ち姿が印象的だった。
飼い主のカズキと東京の郊外で暮らし、毎日公園を散歩し、おやつをねだっては丸くなって昼寝をする。
のんびりとした日々。
しかし、ルカには密かに夢があった。

「いつか、広い世界をこの足で歩いてみたい…!」

ある春の朝、カズキが玄関に荷物を積んでいた。
聞くと、週末は親戚の結婚式で、家を三日間留守にするという。
ルカは「いい子で留守番だよ」と言われながら、ソファの上に置かれたクッションの上でお見送りをした。

だが、ルカの胸は高鳴っていた。
これは、チャンスかもしれない。

その夜、窓の鍵が少し甘かったことに気づいたルカは、鼻先で器用に開け、ひょいと外に出た。
月明かりの下、彼はそっと地面に降り立つ。

「さあ、大冒険の始まりだ!」

ルカはまず、線路沿いの道を南へと進んだ。
小さな池のそばでカエルに出会い、知らない猫にシャーっと威嚇され、近くの屋台村ではたこ焼きの匂いに誘われて人間の足元をぬうように歩いた。
人々は「かわいい!」「野良かな?」と笑いながらスマホを向けるが、ルカはそれを気にせず、まるで風のように走り抜けた。

二日目の朝、ルカは多摩川のほとりにいた。
川辺にはキャンプをしている家族がいて、朝の支度をしていた。
子どもたちの笑い声に引かれて近づくと、焼きたてのソーセージを見つけた少女が「どうぞ」と差し出してくれた。

ルカはその味にうっとりし、少女の手をぺろりとなめた。

「ママ、この子、旅してるのかなあ?」

「かもしれないね。でも、ちょっと寂しそうな顔してるよ」

ルカはその言葉に、はっとした。
ふとカズキの顔が浮かぶ。いつも朝に撫でてくれる手。
夜のニュースを見ながら与えてくれるおやつ。
ルカは知らず知らずのうちに、少しだけ尻尾を下げていた。

その夜、星空の下でルカは思った。

「冒険は素晴らしい。でも、僕が本当に帰る場所はどこだろう?」

三日目の朝、ルカは来た道を戻る決意をした。
鼻を地面につけて、自分の足跡と匂いをたどりながら、時に迷い、時に助けられ、ついに夕暮れ前、家の近くの商店街にたどり着いた。

ちょうどそのとき、カズキの姿が見えた。
買い物袋を提げて歩いている。

「…ルカ!?」

目が合った瞬間、ルカは走った。
しっぽをブンブン振りながら、一目散にカズキの胸に飛び込んだ。

「バカだなぁ、お前…どこ行ってたんだよ、心配したぞ…!」

涙を浮かべながら笑うカズキの腕の中、ルカはふわりと目を閉じた。

冒険は終わった。でも、ルカは知っていた。
世界は広く、美しく、そして——帰る場所があるからこそ、冒険は輝くのだと。

そしてその夜。
カズキの膝の上で丸くなったルカは、心の中で静かに誓った。

「またいつか、風のように走ろう。でも今は、ただ“ここ”にいよう」

それが、白い風の名を持つスピッツ犬ルカの、最初の大冒険だった。