古びた木造家屋の前に、小さな白い提灯が揺れている。
そこには墨で「和食処 椿屋」と書かれていた。
暖簾をくぐると、木の香りがふわりと鼻をくすぐる。
カウンター七席と、小上がりがひとつ。
決して大きくはないが、どこか懐かしく、落ち着く空間だ。
この店を開いたのは、佐々木蓮(れん)、三十五歳。
東京の一流ホテルで十年以上和食の修行を積んだ料理人だった。
包丁を持ち始めたのは中学の頃。
共働きで忙しかった両親に代わり、祖母のために夕飯を作るうちに、料理が好きになった。
だが、料理人の道は決して甘くなかった。
毎日十六時間を超える労働、先輩からの厳しい叱責、手の皮がむけるほどの下処理。
それでも蓮は辞めなかった。
むしろ、和食の奥深さに魅了されていった。
「いつか、心から『うまい』と言ってもらえる店を持ちたい」
そう思い続けた十年目、祖母が亡くなった。
蓮に料理の楽しさを教えてくれた、唯一無二の存在だった。
遺品整理のために帰郷した蓮は、祖母が住んでいた古民家で立ち止まった。
もう数年空き家だった家は埃にまみれていたが、あの頃の温もりが確かに残っていた。
ふと、頭に浮かんだのは「この場所で和食のお店をやったらどうだろうか」という思いつきだった。
東京での安定を捨てるには、あまりにも唐突な考えだったが、祖母の仏壇の前で手を合わせたとき、蓮の中で何かが決まった。
「椿屋」──それは、祖母が好きだった花、椿から名付けた。
春の終わりにひっそりと咲くその花のように、派手さはないが芯のある店にしたかった。
開店までは苦労の連続だった。
築七十年の古民家は、思った以上に修繕が必要で、蓮は大工の手を借りながら自分でも壁を塗り、床を張った。
資金も限られていたため、看板も自作し、椀や器は古道具屋を巡って集めた。
メニューは、旬の食材を使ったおまかせコースのみ。
蓮は地元の農家や漁師を訪ね、信頼できる食材を揃えた。
ある農家の老夫婦は、「こんな若い人が丁寧に話を聞いてくれるなんて」と感動し、自家製の梅干しまで譲ってくれた。
開店初日、緊張で包丁を持つ手が震えた。
客はわずか三組。
しかし、その中のひとり、近所に住む年配の女性が帰り際、こう言った。
「味もいいけど、何より、このお味噌汁が懐かしいの。昔、母が作ってくれた味にそっくり」
それを聞いた瞬間、蓮の胸に熱いものがこみ上げた。
数ヶ月が経ち、椿屋には少しずつ常連が増えていった。
噂を聞いて県外から訪れる人も現れ、ある日には、かつての職場の上司まで顔を出した。
「お前、ずいぶん変わったな。前より料理に優しさが出てる」
そう言われたとき、蓮はふと、祖母が言っていた言葉を思い出した。
「料理はね、気持ちを込めるものなんだよ。気取らなくていい。相手を想う気持ちさえあれば、味は自然と届くものなのさ」
蓮は今日も、まな板の前に立つ。
客の顔を思い浮かべながら、丁寧にだしを引き、季節の野菜を切る。
派手な演出も、豪華な素材もないが、器の中にあるのは、真っ直ぐな気持ちと静かな情熱だ。
提灯の灯りが、今夜もほのかに道を照らしている。
椿のように、そっと人の心に咲く和食処「椿屋」。
そこには、ひとりの男の、料理と向き合い続けた物語が息づいている。