杉山遼は、幼いころからずっと、宇宙服に憧れていた。
初めて宇宙の映像を見たのは、小学一年生の冬。
テレビに映る国際宇宙ステーションと、そこに滞在する宇宙飛行士の姿に、息をのんだ。
無重力の中でふわふわと漂う彼らの背中にある白い宇宙服――分厚く、機能的で、そしてなにより神々しかった。
あれを着ることができる人間は、選ばれた者だけ。
そう思うだけで、胸が高鳴った。
それから彼の人生は、宇宙服という一点を中心に回り始めた。
図書館で宇宙服に関する資料を読みあさり、NASAの訓練動画をYouTubeで見て、寝ても覚めても宇宙服のことを考えた。
宇宙飛行士になるには理系に強くなければと、中学高校では理数科目に力を注いだ。
しかし、大学受験では第一志望の航空宇宙工学科に落ち、結局、地元の理工系大学に進学した。
「現実って、案外狭いな」
そうこぼしたのは、大学一年の秋だった。
クラスメイトが宇宙の話に冷めた目を向けるのを見て、自分の熱が浮いているように感じた。
けれど、夢を手放す気にはなれなかった。
たとえ宇宙には行けなくても、宇宙服に関わる仕事がしたい。
そう思い直し、工学と素材研究に軸を置いて勉強を続けた。
大学卒業後、遼は都内の小さな精密機器メーカーに就職した。
そこでは、極限環境に耐えるための特殊繊維を開発しており、宇宙機関の下請けで宇宙服の一部パーツに使われる素材も扱っていた。
夢に、ほんの少し近づいた気がした。
研究職は地味で地道だった。
マイクロクラックの原因を追い続けて三ヶ月、試験に失敗して書類を山ほど書き直し、プロジェクトは何度も遅れた。
それでも、耐熱試験のデータが基準をクリアした瞬間、遼は人知れずガッツポーズをした。
「これが、誰かの背中になる」
そう思ったとき、心が震えた。
そんなある日、アメリカの宇宙機関から新型宇宙服の設計に関する共同開発の依頼が舞い込んできた。
遼のチームが開発した新素材が、次世代宇宙服の外皮候補に挙がったのだ。
チーム内は騒然となり、遼はプロジェクトリーダーに抜擢された。
プレッシャーは途方もなかった。
連日深夜まで研究室にこもり、試作品を改良し、アメリカ側と英語でやり取りを重ねた。
半年後、新型宇宙服の試験が日本で行われることになった。
試験会場に並ぶ白銀のスーツを見て、遼は目を見張った。
そこには、自分たちが作った繊維が使われていた。
宇宙空間の放射線、極端な温度変化、微小隕石……あらゆる危機から命を守る、その最前線に、自分の仕事がある。
試験が成功したあと、技術者たちにもスーツを着てみる機会が与えられた。
「杉山さん、着てみます?」
同僚に言われて、遼は思わず頷いた。
ゆっくりと腕を通し、背中のバックパックを固定され、ヘルメットをかぶったとき――視界に青く光る地球の写真が、ディスプレイに映った。
遼は、静かに目を閉じた。
子どもの頃から何度も夢見た、あの宇宙服。
今、自分の肩に、その重みと意味を感じている。
たとえ宇宙には行けなくても、自分の手が、誰かの夢を支える力になれる。
そう信じられた瞬間だった。
遼はゆっくりと目を開け、ヘルメット越しに微笑んだ。
――僕は、宇宙服の中にいる。