柱の音を聴く男

面白い

幼い頃、健太は父の大工仕事を手伝うのが好きだった。
トントンと木槌を打つ音、削られていく木の香り、柱が組み上がるたびに大人たちが交わす「よし!」という掛け声。
あの音と匂いと空気が、健太の心に深く刻まれていた。

しかし健太が中学に上がる頃、父の工務店は時代の波にのまれ、畳むことになった。
プレハブや注文住宅の大量生産が主流になり、昔ながらの手仕事は時代遅れとされたのだ。
父は建材会社に勤めることになり、家を建てる現場から遠ざかった。

健太は「家を建てる仕事をやりたい」と強く願ったが、父にそれを告げることはなかった。
夢を捨てた父に、夢を語ることがどこか裏切りのように感じたからだ。

それでも大学では建築を学び、卒業後は設計事務所に勤めた。
高層ビルや商業施設の設計に携わる日々。
クライアントとの打ち合わせ、予算との格闘、パース図の修正、日付が変わってもデスクから離れられない日々。
だが、それは健太の「夢」とはどこか違っていた。

彼が本当にやりたかったのは、自分の手で、家を一から建てることだった。

三十歳を目前に、健太は勤めていた事務所を辞めた。
そして、町の工務店に弟子入りした。
周囲には「もったいない」と言われたが、心には迷いがなかった。
手が震えるほど懐かしい音。
木材を運び、墨を引き、柱を立てる。
汗と埃と木の匂いに包まれながら、健太は「生きている」と感じた。

五年の修行を経て、健太は独立し、自分の工務店を立ち上げた。
まだ実績は少なく、宣伝にかける予算もない。
だが、一軒一軒、丁寧に向き合いながら家を建てた。

ある日、年配の夫婦から「家を建ててほしい」という依頼が入った。
古い実家を建て替えたいという。
打ち合わせのために向かったその家を見て、健太は驚いた。

そこは、かつて父が建てた家だった。

木の梁には父の手が残っていた。
柱の一本一本に、あの頃の音が響いているようだった。
健太は、目頭が熱くなるのを隠しながら、静かに手を伸ばし、柱を撫でた。

「これは……いい木だ」

呟くと、夫婦はうれしそうに笑った。

「お父さんの手仕事だったそうです。とても丈夫でね。崩すのが、なんだか申し訳なくて」

健太は答えた。
「できる限り、使える部分は残しましょう」

解体ではなく、継承としての建築。
健太は、父の遺した家を、未来に繋ぐ家として再構築した。
新しい梁が古い柱に抱かれ、家は再び息を吹き返した。

完成の日、夫婦が渡してくれたのは、古いアルバムだった。
開くと、若き日の父が、建築中の家の前で笑っていた。
となりには、小さな健太の姿も。

「夢が叶いましたね」と、夫婦は言った。

健太は、静かにうなずいた。

家とは、人が住む場所以上のものだ。
記憶を刻み、時間を包み、人の人生を受け止める存在だ。
父がそれを信じていたように、健太もまた、その思いを手に宿していた。

夢とは、失われるものではない。
形を変えて、時を越え、また立ち上がるものなのだ。

そして今日もまた、健太は柱を立てる。

木槌の音が、町に響く。
まるで父と語らっているかのように。