北極の広い氷原に、リクという名前のしろくまが住んでいた。
リクはまだ若く、雪と氷に囲まれたこの世界しか知らなかったが、いつか遠くの知らない場所を見てみたいという夢を抱いていた。
「この氷の向こうには何があるの?」
リクはよく母にそう尋ねた。
「海があって、もっと遠くに陸地があるわ。でも、危険も多いのよ」
母の言葉に、リクは胸を高鳴らせた。
ある春の日、氷が少しずつ割れ始め、空には渡り鳥の群れが飛び始めた。
リクの胸に「今こそ冒険のときだ」と確信が走った。
母に別れを告げ、リクは小さな流氷に乗り、海へと旅立った。
最初の夜は、月明かりが水面を照らして幻想的だった。
リクは空を見上げながら、どこまででも行ける気がした。
しかし翌朝、嵐がやってきた。
風が唸り、波が高く立ち、リクの乗った流氷はくるくると回転し、やがてバラバラになってしまった。
必死に泳ぎながら、リクは見知らぬ岸にたどり着いた。
そこは北極ではなかった。
緑の草が生い茂り、木が立ち並び、風には土と葉のにおいが混ざっていた。
「ここは……どこなんだろう?」
リクは森の中へと入っていった。
そこには見たこともない生き物たちがいた。
長い耳を持ったうさぎ、背中に甲羅のあるカメ、枝にぶらさがるナマケモノ……誰もがリクを見て驚いた。
「君、なんでそんなに白くて大きいの?」
「寒くないの?」
動物たちは好奇心いっぱいにリクに話しかけた。
最初は戸惑っていたリクも、少しずつ打ち解け、森の仲間と一緒に暮らし始めた。
ある日、森に火事が起きた。
乾いた空気に火が広がり、動物たちは右往左往した。
リクは自分の大きな体と力を使って、倒れそうな木を支え、炎をふさいだ小川へ動物たちを導いた。
「リクがいなかったら、みんな焼けていたよ!」
その夜、動物たちはリクのために小さな宴を開いた。
葉っぱで作った王冠をリクにかぶせ、森の英雄として讃えた。
でもそのとき、リクの心には一つの思いがよぎった。
「母さん、元気かな……」
仲間ができ、尊敬もされるようになった。
けれど北極で見送ってくれた母や、雪に覆われたあの静かな世界が恋しくなっていた。
リクは決めた。
「一度、帰ろう。」
動物たちは涙を流しながらリクを送り出した。
カメは地図を描いてくれ、ナマケモノは旅のお守りとして実をくれた。
長い旅の末、リクは再び海を渡り、氷の世界へと戻った。
北極は以前より少し小さくなっていた。
氷が減り、海が広がっていた。
それでも母は岸辺で待っていて、リクの姿を見つけると駆け寄ってきた。
「リク……よく戻ってきたね……!」
リクは母のぬくもりに顔を埋めながら、静かに語った。
「ぼく、いろんなところを見たよ。知らない動物たちと友達になって、森の火事も助けたんだ。」
母は笑った。
「もう、立派なしろくまだね。」
リクはその晩、空を見上げた。
月はあの時と同じように輝いていた。
でも今のリクには、その月が前よりもっと広い世界を照らしているように感じた。
彼の冒険は終わったわけではない。
またきっと旅に出るだろう。
けれど今は、大好きな氷の上で、母と並んで眠る時間を大切にしたい。
リクは目を閉じ、夢の中で再び森の仲間たちと笑い合った。