カーナビの女

ホラー

「なあ、この道、本当に合ってるのか?」

深夜の山道。
大学時代の友人3人で旅行に出かけた帰り道、ナビの案内に従っていたものの、車は舗装も怪しい細い道に入り込んでいた。
運転していたリョウは苛立ち気味に尋ねた。
助手席のコウジはスマホを覗き込みながら答える。

「いや、ナビの通りだよ。抜け道ってやつじゃないか?」

「でも、さっきから“Uターンしてください”って言ってるぞ、このナビ。」

後部座席のユウトがぼそりと呟いた。

「……聞こえた?」

「聞こえた。Uターン、Uターンって何度も。なんか声変じゃないか?」

リョウが確認すると、ナビは無言だった。
画面には何の警告も表示されていない。

「バグかな。スマホのGoogleマップも見てくれ。」

コウジがGoogleマップを開くと、そこには奇妙なメッセージが表示されていた。

『目的地に到着しました』

「え? まだ山の中だぞ?」

外は真っ暗で、街灯もなく、民家も一切ない。
ただ、鬱蒼とした木々と、先が見えない道だけが続いている。

「気持ち悪いな……戻ろうぜ。」

そのとき、車内に再びナビの声が響いた。

「……つきました。さあ、降りてください」

機械音とは思えない、感情のこもった女の声だった。

「おい、誰の声だよ、これ」

3人が凍りつく。
ナビ画面には、真っ赤な目をした女性の顔が映っていた。

「やばいって、これ絶対変だって!」

リョウは慌てて車をUターンさせようとしたが、後ろにはいつの間にか鉄の門が閉まっていた。
見覚えのないそれは、誰かが意図的に設置したような重厚なものだった。

「道、消えてる……」

ユウトの声が震える。
来た道が、いつの間にか深い森に飲まれていた。
舗装も何もなく、木々の間に飲み込まれている。

「……つぎは、おまえ」

ナビの画面の女が、ゆっくりと笑った。

「……なあ、これ、知ってるか?」

コウジが顔面蒼白で言った。

「“カーナビの女”って都市伝説、聞いたことある。夜中、知らない道に誘導されて、女の声がナビになる。そいつに従ったら最後……誰も戻ってこないって……」

「ふざけんなよ、それ作り話だろ!」

「じゃあ、なんで今、こんなことになってるんだよ!」

そのとき、車のライトが一瞬だけ点滅した。
次の瞬間、ボンネットに血のような赤い液体が飛び散った。
驚いてリョウがブレーキを踏むと、目の前に、白いワンピースの女が立っていた。
顔は、まるで人間の皮を剥いだようなグチャグチャで、口だけが大きく裂けて笑っている。

「さあ、迎えに来たよ……」

女が歩いてくる。
逃げようとドアを開けても、なぜかロックされていて動かない。
窓ガラスが叩かれ、ヒビが入る。

「なんでだよ、助けてくれよ!」

「もう遅い……これは、そういう話なんだ……」

最後に聞こえたのは、コウジの絞り出すような声だった。

翌朝、山道で発見されたのは、無人の車と、壊れたナビだけだった。
車内には誰もおらず、3人の行方はいまだ不明。
ナビの履歴には、最後にこう残っていた。

『目的地:あなたのすぐ後ろ』