晴れ女と雨の街

面白い

真奈(まな)は、自他ともに認める「晴れ女」だった。
運動会の日も、旅行の日も、大事な発表会の日も、すべて青空が広がっていた。
子どものころからそうだった。
朝から土砂降りでも、彼女が出かける時間にはぴたりと止んで、空が割れたように日が差す。
まるで太陽が真奈にだけ味方しているようだった。

彼女の晴れ女っぷりは大学のゼミでも噂になり、旅行係に任命されたことすらある。
富士登山の夜、他のグループが寒さに震える雲の中で足止めされていた中、真奈のグループだけが雲の切れ目からご来光を拝んだとき、仲間たちは本気で拝みかけたものだ。
「太陽の巫女様」と。

だが、就職で上京してから、その「晴れ運」は少しずつ変わってきた。

東京の天気は気まぐれだ。
梅雨の季節は特にそうだった。
真奈が外に出ればたしかに雨は止む。
だが、行く先々でどこかに雨雲が流れて行ってしまうのか、「私が晴れる分、誰かが濡れているのかな」と感じるようになった。

ある年の夏、真奈はふと気になって、近所の小さな神社を訪れた。
そこは雨乞いの神様が祀られていると言われていた。
石の鳥居をくぐると、どこか湿った空気がまとわりつく。
境内には誰もおらず、苔むした手水舎にだけ、ぽつぽつと雨粒が落ちていた。

「あなた、晴れすぎなのよ」

突然、後ろから声がした。
驚いて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
黒い傘を差し、濃紺の浴衣を着たその女性は、涼しげな笑みを浮かべていた。

「……え?」

「私、雨女なの。でも最近、全然降らせてもらえないの。あなたがいるから」

冗談とも本気ともつかぬ口調に、真奈は笑ってしまった。
「そんな、私が天気をどうこうできるわけ……」

「でも実際、晴れるでしょう?」

その言葉に、真奈は黙った。
笑い飛ばすこともできなかった。

女性は静かに傘を閉じた。
すると、空が一気に曇り、冷たい風が吹いた。
真奈の足元に、大粒の雨が落ちてくる。

「バランスってあるのよ、世界には。あなたが晴れさせるなら、私は雨を降らせる。そうやって、自然は調和してるの。……でも、どちらかが強すぎると、ほころびが出る」

女性は言葉を切り、まっすぐ真奈の目を見た。

「少し、力を分けてもらえないかしら?」

それは、不思議と怖くはなかった。
むしろ、どこか懐かしいような響きがした。

「……どうすればいいの?」

「傘を、開いて」

真奈はその場に置かれていた、竹製の和傘を手に取った。
開くと、雨の音が少しだけ優しくなった気がした。
頭上に傘をかざすと、先ほどの女性はふっと微笑んだ。

「ありがとう。これで、また降らせられる」

女性はそのまま、雨の中に溶けるように消えていった。
空にはまだ、鈍い雲が広がっていた。

翌日から、真奈の「晴れ女力」は少しずつ弱まっていった。
彼女が出かけるときでも、しとしとと雨が降る日が増えた。
けれど、どこかそれが心地よかった。

濡れたアスファルトの匂い。
ビルの窓を流れる雨粒。傘を差して歩く人たちの静かな足音。
かつては見過ごしていた情景が、今はとても豊かに感じられる。

真奈は、晴れの日も好きだが、今では雨の日も同じくらい好きだ。

あの神社にはそれ以来行っていない。
でも、どこかであの雨女も、今日の空を見上げている気がする。
彼女が微笑んでいれば、きっとこの雨も意味があるのだと、真奈は思う。

そして今日も、傘をひらく。

――バランスのために。
空と、大地と、人の心の。