ある町の外れに、古びたガラス工房があった。
もう何年も前に店じまいしたその工房には、ひとりの少女が住んでいるという噂があった。
名前を知る者はいない。
ただ、人は彼女をこう呼んだ。
「星を飼う少女」と。
夜になると、その工房の天窓から微かな光が漏れる。
星のように瞬く小さな灯り。
町の人々はそれを遠くから眺め、「ああ、今日も星が生きている」と囁くのだった。
ある晩、旅の若者がその町を訪れた。
名前はセイ。
夢を失い、行き先もなく、ただふらりと辿り着いただけだった。
町に泊まる金もなく、夜の散歩をしているうちに、件の工房に辿り着いた。
すると、扉がすっと開き、中から透き通るような声が響いた。
「迷子の人?」
セイはうなずいた。
声の主は、まるで月明かりを纏ったような少女だった。
白いワンピースを着ていて、髪の毛はガラスの糸のように輝いていた。
「よければ、少しだけ星を見ていく?」
誘われるまま中へ入ると、そこには無数の瓶が並んでいた。
瓶の中には、ほんの小さな光がひとつずつ、ふわりと浮かんでいた。
それらは確かに、星に見えた。
「これ、星なのか?」
セイが問うと、少女はふわりと笑った。
「人が忘れた願いの欠片。ほんとうの星じゃないけれど、ちゃんと空の代わりに瞬いてくれるの。願いって、捨てられても、消えたりしないんだよ」
セイは黙ったまま、ひとつの瓶に目を留めた。
そこに宿る光は、他のどれよりも弱々しかった。
「これ……壊れそうだ」
「それ、あなたの星だよ」
「俺の……?」
少女は静かにうなずいた。
「夢をなくした人が通りかかると、その星が呼ぶの。ちゃんと見つけてもらえるように」
セイはその星に手を伸ばした。
ガラス越しにそっと触れると、光がふわりと強くなった。
「まだ間に合う。あたしがずっと守っていたから」
そのとき、セイの胸の奥がふっと温かくなった。
子供の頃、星空を見上げていた記憶。
宇宙飛行士になりたいと願っていたあの日。
忘れていたはずの想いが、確かにそこにあった。
「ありがとう」
セイがそう呟くと、瓶の星がそっと宙に舞い上がり、天窓を抜けて夜空へと昇っていった。
そして、不思議なことに、少女の姿もゆっくりと光に溶けていった。
「君は……?」
「わたしは、星を飼う夢を見ていただけ。あなたが願いを取り戻したから、もう大丈夫」
次の瞬間、セイは工房の外に立っていた。
朝の光が差し始め、工房はただの空き家に見えた。
しかし、空を見上げると、ひときわ輝く星があった。
昼の空に消えかけながらも、確かにそこに残る光。
セイは歩き出した。もう迷ってはいなかった。