春が来るたび、村は雪で悩まされていた。
山あいの小さな集落、湯ノ下村。
豪雪地帯として知られ、冬の終わりには道路の脇に3メートル近くも積み上げられた雪の壁が残る。
その処理に、村は多くの予算と労力を割いていた。
排雪作業にかかる燃料代も馬鹿にならない。
役場職員の佐伯光一(さえき こういち)は、毎年この時期になると、頭を抱えていた。
「どうせ溶けてなくなる雪だ。何かに使えないもんかね……」
そんな独り言をこぼした日、隣にいた新人職員の由紀(ゆき)が、ぽつりとつぶやいた。
「だったら、本当に“使えば”いいんじゃないですか? たとえば……冷蔵とか?」
その言葉が、佐伯の心に残った。
翌週、佐伯は調査を始めた。
雪の冷熱を利用する「雪室(ゆきむろ)」という技術が新潟や長野で導入されていることを知り、現地に視察にも行った。
天然の冷気を使って、野菜や酒を長期間保存するという仕組み。
電力をほとんど使わず、環境にも優しい。
「これなら……うちの村でもできるかもしれん」
戻ってきた佐伯は、村長に提案した。
「村に雪室を作り、農産物や特産品の保存・熟成に使いましょう。余った雪も“資源”になるんです」
村長は首をかしげた。
「だが、そんな金はどこにある?」
そこで佐伯は、国の補助金制度を活用する計画書を作成し、地域活性化の名目で申請を通した。
半年後、村のはずれに簡素な雪室が完成した。
最初は誰も期待していなかった。
だが、雪室で熟成された大根の甘みや、地元の酒蔵が預けた純米酒のまろやかさに、村の人々は驚いた。
やがて口コミが広がり、県外からも視察者が訪れるようになった。
冬が来るたび、雪は降る。
以前は「厄介者」だった雪が、今では「恵み」として見られるようになっていた。
春先、由紀は雪室の前で一人、黙々と箱詰め作業をしていた。佐伯が声をかける。
「これ、また道の駅に出す分か?」
「はい。東京のバイヤーさんが、また買いたいって。あの雪室野菜、東京でも人気出てるんですって」
佐伯は空を見上げる。
山の上には、まだ真っ白な雪が残っている。
「こんなふうに、変わるもんだな。あの時、君が言ってくれなかったら、何も始まらなかったよ」
由紀は少し照れくさそうに笑った。
「雪って、溶けたら消えるだけだと思ってた。でも、使い方次第で未来を冷やして保存できるんですね」
「いい言葉だ。新聞記者が聞いたら、きっと使いたがるな」
彼らの足元には、雪解け水が細く流れている。
やがてそれは川へ、そして海へとつながっていく。
ただ消えるのではない。
役目を果たして、次の季節を育むために、静かに流れていく。