丘のふもとに、小さな村がありました。
春になると、村の上に広がる丘は、一面の芝桜でピンクや白、紫に染まります。
その美しさを一目見ようと、森の動物たちや旅人たちが集まってくるのです。
けれど、この芝桜が毎年美しく咲き誇るのには、ひとつ秘密がありました。
それは、丘の管理人――小さなシマリスのシモンの存在です。
シモンは代々芝桜の世話をしてきたリスの家系に生まれ、祖父や母から芝桜の手入れの方法を教わって育ちました。
彼は朝早く起きては、花の間をぴょんぴょん跳ね回りながら、枯れた葉を集めたり、根元に水をやったり、土の状態をチェックしたりします。
「芝桜は話を聞けば、どんな風に咲きたいか教えてくれるんだよ」
そう祖父はよく言っていました。
シモンも、小さな耳を花に近づけて、風に揺れる葉のささやきを聞くのが大好きでした。
春のある日、異変が起こりました。
丘の一角だけ、芝桜がまったく咲かないのです。
例年ならふんわりとしたピンクのじゅうたんになるはずの場所が、ただの土むき出しのまま。
「どうしたんだろう…」とシモンは不安になりました。
その晩、シモンは手帳を広げて記録を見返しました。
水やりの量、気温、風の向き、土の湿り具合……どれも例年通り。
理由が分からず、シモンは芝桜の前にちょこんと座って、花の代わりに土に耳を当ててみました。
すると、かすかに「さむい……さむい……」という声が聞こえたのです。
「寒い? どうして?」
次の日、シモンはさらに土を深く掘って調べました。
すると、丘の下に冷たい地下水が流れていて、ちょうどその場所だけ地面が冷えすぎていたのです。
「これじゃ、根が冷たくて育てないよ…!」
すぐに、シモンは行動に出ました。
仲良しのモグラのモリスに頼んで、水の流れを少しずらすための小さな地下トンネルを掘ってもらい、冷えすぎた土に落ち葉の布団をかけてやりました。
そして、シモンは自分の毛で編んだ小さなマフラーを地面に巻いて、「これで少しあたたかくなるといいな」と祈りました。
数日後――
冷えていた地面の温度がやっと和らぎ、土から小さな芽がひょっこり顔を出しました。
「やった!」
芽を見つけたとき、シモンは尻尾をくるくる回しながら飛び跳ねました。
その後も、彼は毎日その場所を見守り、ゆっくりと、でも確かに、芝桜は広がっていきました。
やがて、丘はふたたび、まるで天からこぼれ落ちた色の絨毯のように咲き誇りました。
春の終わり、動物たちが集まって丘を見に来たとき、みんなが口々に言いました。
「今年も見事だね!」
「去年よりきれいかも!」
「誰がこんなにしてくれてるのかしら?」
その声を、シモンは草の陰から静かに聞いていました。
手には小さなじょうろ、背中には芝桜色の花びらがいくつも付いています。
けれど、誰に知られなくてもいいのです。
芝桜の丘が元気でいてくれること――それが、シモンにとって一番うれしいことだったから。
そして今日もまた、小さなシマリスは丘を駆け回ります。
花の声に耳をすましながら。