タピオカは、小さな黒いつぶつぶだった。
彼は台湾のとある工場で生まれた。
他のタピオカたちと一緒に、もちもちの感触を得るために熱湯で煮られ、黒糖の香りに包まれていた。
生まれたばかりのタピオカは、自分が何者で、どこに行くのかを知らなかった。
ただ、周囲の仲間たちが「次は日本だ!」「いや、アメリカで大人気らしいぞ!」と騒いでいるのを聞いて、彼もワクワクしていた。
ある日、タピオカは透明なカップの底に入れられ、冷たいミルクティーと氷に包まれた。
そして封をされ、いよいよ運命の時が訪れた。
「ねえ、このタピオカミルクティー、めっちゃインスタ映えじゃない?」
若い女性の手に持たれ、写真を何枚も撮られたあと、ストローがぶすっと刺さった。
タピオカはどきりとした。
「い、いよいよか…!」
勢いよく吸い込まれ、彼は真っ暗なストローの中を突き進む。
そして――なぜか途中で、止まった。
「うっ、詰まった!」
女性がストローをくわえ直し、何度も吸おうとするたび、タピオカは中で必死に踏ん張った。
彼は感じていたのだ。
もしここで飲み込まれたら、彼の旅は終わってしまう、と。
「やだ、また詰まった~」
その瞬間、彼はふっとストローから吐き出され、カップの外へと飛び出した。
ぽとん。
地面に転がったタピオカは、べたべたの舗道の上に寝そべりながら、こう思った。
「――まだ終わりたくない」
それからというもの、タピオカの旅が始まった。
まずはハトに見つかりかけ、必死に隙間に逃げ込む。
そこから雨が降ってきて、排水口へと流される。
地下水路をくるくると回りながら、彼は決意する。
「目指すは、世界だ!」
その後、下水処理場を経て、なんと偶然にも処理されずに海へと出た。
波に揺られ、魚に追われ、ウミガメに間違って飲み込まれかけ、ようやくとある海辺の国に流れ着く。
そこは南国の小さな島国だった。
浜辺に打ち上げられたタピオカは、日差しに照らされながらも、何とか乾燥を免れ、拾われる。
「これ…何?黒いつぶ?」
拾ったのは、地元の若いパティシエ見習いだった。
彼は興味本位で持ち帰り、それがタピオカであることを知る。
「よし、スイーツに使ってみよう!」
なんとその若者は、タピオカを使った新感覚スイーツ「トロピカル・タピオカ・ケーキ」を生み出し、それがネットで大ヒット。
やがてテレビで紹介され、世界中から注文が来るようになった。
そのケーキの主役こそ――旅を経た、あのタピオカ。
もちろん、彼はすでに“食材”として使われていたが、彼の物語はケーキとともに語り継がれた。
パティシエはこう語る。
「最初に拾ったあの一粒のタピオカが、今の僕を作ったんです。名前ですか?僕は“あいつ”を“旅オカ”って呼んでました」
旅オカ――世界を目指した、たった一粒の黒いタピオカ。
彼の冒険は、今も人々の記憶と味覚に残っている。