「どうしてそんなに、かぼちゃが好きなんですか?」
近所の子どもにそう聞かれて、僕は一瞬言葉に詰まった。
理由なんて、考えたこともなかった。
けれど、確かに僕はかぼちゃが好きだ。
煮ても焼いても、蒸してもスープにしても、甘くて優しくて、どこか懐かしい味がする。
僕は小さなカフェを経営している。
店の名前は「パンプキン・ハウス」。
外観も内装も、どこか童話のような南瓜色で統一していて、看板メニューは「かぼちゃのプリン」と「かぼちゃのポタージュスープ」。
季節に応じて、かぼちゃのグラタンや、かぼちゃとシナモンのタルトも出す。
春でも、夏でも、かぼちゃは欠かさない。
常連さんには「よく飽きませんね」と笑われるが、僕にとっては、かぼちゃがなければ店も心も、すっかり空っぽになってしまう気がするのだ。
そんな僕の店に、ある日、一人の女性がふらりと入ってきた。
「……あ、ここ、昔……」
彼女の声が震えていた。
どこか懐かしげに、店内を見渡している。
歳は僕と同じくらいか、少し年下か。
柔らかな黒髪に、目元にはどこか哀しげな影があった。
「いらっしゃいませ。初めてですか?」
「いえ……昔、この近くに住んでいて。たしか……この場所……祖母の家だったような……」
僕は驚いた。
「……もしかして、あの『佐伯さん』のお孫さんですか?」
彼女の目が見開かれる。
「知っているんですか?」
「ええ、小さい頃に何度か、おばあさんからかぼちゃをいただきました。とても立派な西洋かぼちゃで、甘くて、ほっくりしてて……今でも忘れられない味なんです」
彼女はふっと微笑んだ。
けれど、その瞳には、どこか涙が浮かんでいた。
「祖母が亡くなってから、あの畑も空き地になって、私も引っ越して……ずっと、かぼちゃのことを忘れていました」
「今日はどうしてこちらに?」
「偶然です。仕事がうまくいかなくて、気分転換に歩いていたら、この店が目に入って……なんだか、引き寄せられた気がして」
僕は一度うなずき、静かに言った。
「よければ、かぼちゃのプリン、召し上がっていきませんか? おばあさんの畑のかぼちゃには及びませんが、心を込めて作ってます」
彼女は少しだけ目を細めて、頷いた。
プリンを運ぶ間、僕は厨房で祖母のことを思い出していた。
あの佐伯さんは、近所でも評判の「かぼちゃ名人」だった。
肥料の配合も、水のやり方も独特で、彼女の育てたかぼちゃは、まるで太陽を食べて育ったように甘かった。
そのプリンを口に運んだ彼女は、しばらく黙っていた。
「……懐かしい」
その一言に、僕は少しだけ胸が熱くなった。
「また、来てもいいですか?」
「もちろんです。今度は、ポタージュもぜひ」
その後、彼女は週に一度、店を訪れるようになった。
少しずつ表情が明るくなり、仕事の悩みや、幼い頃の祖母との思い出を話してくれるようになった。
季節は巡り、秋が深まったころ、彼女は一通の封筒を持って店にやってきた。
「祖母の畑……実は、まだ残っていたんです。遠縁の親戚が手入れしていて。今年は、小さなかぼちゃが採れたと聞いて……」
封筒の中には、畑で穫れたという小さな西洋かぼちゃの写真と、譲渡の申込書が入っていた。
「私……かぼちゃ、育ててみようと思います」
その笑顔は、どこか祖母に似ていた。
今、店の裏には小さな畑がある。
彼女と二人で始めた、かぼちゃ畑。
まだ実りは少ないが、これから時間をかけて、ゆっくり育てていく。
かぼちゃのように、あたたかくて、優しくて――
どこか懐かしい未来を、一緒に。