西暦2142年、人類は「オルタナ・リンク」と呼ばれる次世代仮想世界を手に入れた。
脳波インターフェースと量子コンピューティングの融合によって実現したこの技術は、現実と遜色のない感覚世界を生み出し、人々は日常の疲れを癒すため、あるいは現実逃避のためにその世界へと没入していった。
主人公・秋月レンは、17歳の高校生。
彼は重度の不眠症に悩まされており、医師のすすめでオルタナ・リンクの「治療用プログラム」に参加することになった。
そこでは、仮想世界でリラックスし、夢の中のような環境で心を癒すことが目的だった。
だが、レンが目覚めた仮想世界は、想像していた穏やかな空間とは違っていた。
「ようこそ、リンクド・ドリームへ。君は選ばれし観測者(オブザーバー)だ」
目の前に現れたのは、無機質な美貌を持つ少女「エイナ」。
彼女はこの仮想世界の案内人であり、レンに説明した。
「この世界は、無意識下の“願い”をデータとして具現化する空間。だが時に、強すぎる願いがバグとなり、“夢の檻”を生む」
“夢の檻”とは、仮想世界に意識を閉じ込められた者たちの欲望が歪んで暴走した空間だった。
そこでは時間が停止し、夢が悪夢に変わる。
レンは、なぜかその“檻”に入り、そこから意識を解放する能力を持っていた。
「君は、他人の夢に入り、その核心に触れることができる。つまり、この世界のバグを修正できる唯一の存在」
なぜ自分にそんな力があるのか。
レンにはわからなかった。
しかし、彼は夢の檻に囚われた人々の姿を見るうちに、自分の意思でその役割を引き受けることを決意する。
最初の檻は、ある小学生の「理想の家族」の夢だった。
母親は優しく、父親は笑っていて、弟は毎日一緒に遊んでくれる。
だが、その理想が肥大化し、現実の家族とは違う「完璧な幻影」となって少年を仮想世界に縛りつけていた。
レンは少年の夢に入り、家族の幻と対峙した。
優しさの仮面を被った「母親」は、レンにこう語りかけた。
「現実なんて、誰も傷つけないこの世界より価値があると思うの?」
レンは答えた。
「傷ついても、それでも現実に帰りたいって思える人がいる。その選択を奪うのは、優しさじゃない」
やがて少年は目を覚まし、仮想世界から抜け出した。
夢の檻は崩壊し、仮想空間は再び静寂を取り戻す。
だが、レンの中には疑念が芽生えていた。
なぜ彼は夢の中で力を持つのか。
なぜ“観測者”として選ばれたのか。
そして、この世界は本当に仮想なのか?
エイナは言った。
「あなたはまだ、自分が誰なのかを知らない」
その言葉をきっかけに、レンは自らの過去を探り始める。
ログに残された自分の記録は不自然なほど少なく、現実世界での彼の存在すら疑わしくなってくる。
やがて彼は、ある恐ろしい真実にたどり着く。
——秋月レンは、既に三年前に昏睡状態に陥り、現実世界では意識を失っていた。
「君がいるのは現実ではない。だが、夢でもない。この世界は、“君の心”そのものなんだよ」
仮想世界の中で、彼の前に現れたのは、もう一人の自分。
冷たく微笑むその影は、レンの「現実を拒絶した心」だった。
「夢の檻に囚われていたのは、他の誰でもない——お前自身だったんだ」
この言葉に、レンは膝をつく。
彼は本当に目覚めることができるのか。
自分の心の檻を、壊すことができるのか。
そして物語は、最後の夢の檻「自分自身」へと突入する——。