チューリップの咲く庭で

面白い

ルミコは、小さな庭で毎年春を待ちわびる。
冬の間は寒さのためにほとんど外に出ず、厚手のコートにマフラー、手袋で身を固めながらも、心の中ではひそかにチューリップの芽吹きを夢見ていた。
彼女が初めてチューリップに出会ったのは、幼い頃に連れて行ってもらった郊外の植物園だった。
色とりどりのチューリップがまるで絵本から飛び出してきたかのように咲き誇る光景に、胸が高鳴ったのを今でもはっきりと覚えている。

大学を卒業した春のこと。
就職活動に追われ、都会の喧騒に心をすり減らしていたルミコは、ふとした休日にあの植物園へ足を運ぶことにした。
ひときわ目を引く深紅のチューリップの列の前で、彼女は立ち止まった。
どんなに慌ただしい日々に流されても、この花を見ると優しい時間が戻ってくる――そんな感覚に包まれた。
背筋を伸ばし、大きく深呼吸をすると、まるで自分自身が新しく生まれ変わるような気持ちがした。

それからルミコは、新社会人としての生活に心を奪われながらも、休日には必ず庭いじりをする習慣を身につけた。
最初は小さな鉢でチューリップの球根を育て、庭の端に並べてみた。
始めて間もない頃はうまく芽が出ず、がっかりすることも多かったが、水やりのタイミングや土の配合を学ぶうちに、次第に白い小さな芽が地面の下から顔を出すようになった。
芽が伸びるたびに、ルミコの胸には言葉にできないほどの喜びが満ちていった。

ある年の春、ルミコはついに念願のチューリップ畑を庭に作る決心をする。
朝早く起きて土を耕し、丸い球根を一つひとつ丁寧に並べていく作業は、まるで大切な誰かを育むかのようだった。
色の組み合わせを考えながら、ピンク、黄色、オレンジ、白、紫……さまざまな品種を混ぜ合わせて植えた。
しばらくすると、庭はまるでおとぎ話の舞台のように見えた。

そして迎えた開花の日。
淡い朝もやの中、ルミコはゆっくりと庭の扉を開けた。
ちらほらと開きかけた蕾が、朝日を浴びて少しずつ色づいていく。
足を踏み入れた瞬間、ふんわりとした甘い香りが鼻腔をくすぐり、何度も目を閉じて深呼吸した。
足元には、まるで絨毯のように咲き乱れるチューリップが広がり、風に揺れる花びらはまるで優雅なダンスを踊っているかのようだった。

その光景を見つめるうちに、ルミコはかつての自分を思い出した。
就活に追われ、自分の気持ちを見失いかけていた日々。
未来への不安に押しつぶされそうになっていたとき、チューリップに救われたこと。
誰かに必要とされるためだけではなく、自分自身の心から望む何かを大切にすることこそ、本当に自分を輝かせるのだと気づかせてくれたのは、この花たちだった。

ルミコはそっと一輪の深紅のチューリップを手に取り、その花びらに指先をすべらせた。
驚くほどなめらかな感触に、「ありがとう」とだけつぶやいた。
花は答えてはくれないけれど、その存在そのものが、言葉以上の優しさを伝えてくれる。

それからもルミコは、毎年チューリップの季節を心待ちにし続けた。
雨の日も風の日も、雪解けの庭に覗く小さな芽を見つけるたびに、彼女は自分の人生に咲く希望の花を思い描く。
チューリップが教えてくれたのは、季節を感じることの楽しみ、時間の流れを慈しむ心、そして何より、自分自身を大切にする勇気だったのだ。

今日もルミコは、真っ赤な一輪を飾り、そっと部屋の窓辺に置く。
窓越しに見える外のチューリップ畑はまだ緑の若葉だけれど、いつか満開の時が来る。
そのとき、彼女は新しい夢を胸に、また一歩を踏み出そうと思う――チューリップのように、しなやかに、そして強く。