砂の海に咲く夢

動物

サンゴ礁の沖合に、ひっそりとした砂地が広がっている。
その静かな海底に、チンアナゴの群れが暮らしていた。

その中に、小さなチンアナゴの「ナギ」がいた。

ナギはまだ若く、他の仲間のようにまっすぐ体を伸ばすことも、遠くを警戒することも苦手だった。
強い海流が来るとすぐに砂に引っ込み、エサのプランクトンを取り逃すこともしばしばだった。

「ナギ、また引っ込んでるの? あのくらいの波、怖がるほどじゃないよ」
隣の穴から、少し年上のチンアナゴ「ソウ」が顔を出して笑った。

ナギは恥ずかしそうに顔を出した。
「だって、怖いんだ。海流が強くなると、みんな吹き飛ばされそうになるじゃないか」

「だからって、ずっと引っ込んでちゃ、何も食べられないよ。生きていくって、そういうことさ」

ナギは、ソウの言葉が理解できなかったわけではない。
でも、怖かった。砂の中は安全だ。
けれど、心のどこかで、それだけじゃダメなんだという思いも、確かに芽生えていた。

***

ある日、海底に大きな影が差した。
ウミガメがゆったりと泳いできたのだ。
チンアナゴたちは警戒して一斉に体を縮めたが、ナギだけは動けなかった。
目を奪われていたのだ。
ウミガメの背中には、たくさんのコバンザメが乗っており、その姿がどこか誇らしげに見えた。

「広い海を旅してるんだろうな……」
ナギはぽつりとつぶやいた。

その夜、ナギは夢を見た。
大海原を泳ぎ、サメと出会い、クジラの歌を聴きながら、仲間たちと一緒に旅をする夢だった。
目覚めたナギの胸には、何かが燃えていた。

「僕も、外の世界を見てみたい」

***

それからナギは、少しずつ変わっていった。
怖くても、海流に耐えて体を伸ばし、遠くの光を見つめるようになった。
ソウは驚きながらも、嬉しそうに言った。

「なんだ、いつの間にか逞しくなったじゃないか」

「僕、まだ怖いこともあるけど、でも……見てみたいものがたくさんあるんだ」

ある日、強い潮流が突然チンアナゴの群れを襲った。
多くが砂に隠れたが、ソウが誤って穴から離れてしまった。
危険な状況だった。

ナギは迷わなかった。
穴から飛び出し、体をくねらせてソウのもとへ泳いだ。
砂に埋まりかけたソウの体を、ナギは何とか引っ張って自分の穴へと連れ帰った。

ソウはぜいぜいと息をつきながら言った。

「お前……いつの間にそんな勇気を……」

ナギは照れくさそうに笑った。
「僕、夢を見たんだ。だから、変わらなきゃって思ったんだ」

***

それ以来、ナギは群れの中でも一目置かれる存在となった。
彼の冒険心と勇気は、他の若いチンアナゴたちにも影響を与えた。
やがてナギの周りには、仲間が自然と集まるようになった。

ナギは今でも、砂の中から空を見上げる。
そしていつか、あの夢のように広い海を旅する日を想いながら、今日もそっと体を伸ばして光を浴びるのだった。