ソラは、小さな町に住むゴールデンレトリバーの男の子。
光るような金色の毛並みと、くりくりした目がチャームポイント。
彼にはひとつ、大きな特徴があった——水が大好きでたまらないのだ。
朝、町の川沿いを散歩するたびに、水面に映る自分の顔に向かって吠えては、バシャーン!と勢いよく飛び込む。
公園の噴水でも、誰よりも先に水しぶきを浴びに行く。
夏になると、近所の子どもたちに混ざってプールで泳ぎ回る。
「ソラ、もう帰るよー!」
少年のリクが何度呼んでも、水の中から名残惜しそうに尻尾を振るだけだった。
ある日、リクは町の図書館で古い地図を見つけた。
地図の片隅に、小さく「幻の池」と書かれている。
町のはずれの森の中にあるらしい。
「ねぇソラ、秘密の池、見に行ってみない?」
ソラはぴくっと耳を立てると、まるで「もちろん!」と言わんばかりにリードをくわえてきた。
次の週末、リクとソラはお弁当とおやつを持って森へ向かった。
木漏れ日がきらきらと揺れ、鳥のさえずりが聞こえる静かな森。
だが、進むうちに道は細くなり、獣道のようになっていった。
「大丈夫かな、ソラ…」
不安げなリクに、ソラは元気よく前足をバシバシと踏み鳴らし、「行こう!」と促す。
すると、茂みの向こうから、水の流れる音が聞こえ始めた。
音を頼りに進んでいくと、そこに広がっていたのは透き通った水をたたえる、美しい池。
周囲は静けさに包まれ、まるで時間が止まっているかのようだった。
「ここが…幻の池…?」
ソラは一目散に池へ駆け出し、飛び込んだ。
水面がしぶきをあげ、陽の光でキラキラと輝く。
その姿は、まるで水の精のようだった。
リクも靴を脱いで水に足を入れてみる。
冷たくて、心まで洗われるようだった。
二人はしばらくそこで遊んだり、お弁当を食べたり、のんびりと過ごした。
ソラは水の中を何度も何度も泳ぎ、疲れるとリクの隣でゴロンと寝転がった。
「また来ようね、ソラ」
ソラはうれしそうに一度だけ「ワン!」と鳴いた。
帰り道、リクは思った。
この池は、ソラだけが知っている秘密の楽園にしてあげよう、と。
それ以来、二人は時々森を訪れ、あの池で特別な時間を過ごすようになった。
そして数年後——
リクは大学に進学し、町を離れることになった。
別れの日、ソラはいつものようにしっぽを振ってリクを見送った。
でもその背中は、どこか寂しそうだった。
リクも胸が痛んだ。
「待っててくれよ、ソラ。夏になったらまた、あの池に行こうな」
ソラは静かに「ワン」と返事をした。
——季節が巡り、夏。
リクは約束通り、帰省してソラを迎えに行った。
でも、そこにいたのは、少し白くなった顔のソラだった。
「歳をとったな…でも、まだ泳げるよな?」
ソラは立ち上がると、ゆっくりではあるが、自分の足でリードをくわえてリクの前に差し出した。
森を抜け、再び池に着いたとき、ソラはまるで若返ったかのように水に飛び込んだ。
しぶきをあげながら泳ぐ姿は、昔と変わらない。
リクの目には、涙が浮かんでいた。
「ありがとう、ソラ。ずっと一緒にいてくれて」
池の水面には、リクとソラの影が仲良く並んで映っていた。
まるで、その時間が永遠に続くように——。