星屑パン屋と流れ星の願い

不思議

とある小さな町に、「星屑パン屋」と呼ばれるパン屋があった。
町外れの丘の上にぽつんと建っているその店は、夜になると不思議なことが起こる。
パンが星のかけらのように光りだし、風に乗ってふわりと浮かぶこともあるという。
そんな噂が子どもたちの間で囁かれていた。

店主の名前はリュカ。
銀髪に深い青の目を持つ、物静かな青年だ。
昼は普通のパンを焼き、夜になると「願いのパン」を焼く。
これは、流れ星が落ちた夜にだけ作られる、特別なパンだ。

ある晩、町に大きな流れ星が落ちた。
リュカはそっと店の裏にある秘密の石窯を開け、特別な粉と星のかけらを練りこんだ生地をこね始めた。
パン生地は淡く光り、焼き上がるころには、ほのかに夜空の香りが漂っていた。

その夜、パン屋を訪れたのは一人の少女だった。
名前はミナ。
10歳で、いつも空を見上げている子だった。

「お願いがあります」とミナは言った。
「おばあちゃんが、もうすぐ星になっちゃうの。でもね、最後に一緒に星を見ながら、おいしいパンを食べたいの」

リュカは黙って頷き、棚の奥から一つのパンを取り出した。
それは、まるで夜空に浮かぶ月のような丸いパンだった。

「これは“星の願いパン”。食べた人の心に一度だけ、本当に大切な想いを伝えることができるんだ」

ミナはパンを受け取り、ありがとうと深くお辞儀した。

次の日、町中が驚いた。
ミナのおばあちゃん、ずっと寝たきりだったはずの彼女が、ベッドから起き上がり、ミナと一緒に庭に出て、笑いながら星を見上げていたのだ。

数日後、おばあちゃんは静かに旅立った。
しかし、ミナは涙よりも笑顔を浮かべていた。

「おばあちゃん、星になったけど、最後にちゃんと“ありがとう”って言えたの」

町の人々も、星屑パン屋の噂を信じるようになった。
願いを胸に、夜になるとひとつ、またひとつと灯るパンの灯り。
リュカは変わらず、静かにパンを焼き続ける。

やがてミナは、毎晩のように手伝いに来るようになった。

「わたしもね、誰かの願いを叶えられるパンを作れるようになりたいの」

リュカはほんの少しだけ微笑んだ。

そして何年も経ったある夜、リュカは店の鍵をミナに渡した。

「この店は、星をつなぐ場所だ。君なら、ちゃんと灯し続けてくれる」

ミナは頷き、空を見上げた。
そこには、ひときわ明るく光る流れ星が、静かに夜を切り裂いていた。