北の港町、シーブルック。
冷たい潮風が通りをすり抜ける夕暮れ時、一軒の古びたフィッシュアンドチップスの店が小さな明かりを灯していた。
その名も「ジョージの屋台」。
店主のジョージは、白髪まじりの髭をたくわえた年老いた男で、50年以上も同じ場所で変わらぬ味を守り続けていた。
「今日も元気にしてるかい、リリー」
ジョージは油の跳ねる音の向こうで、常連の少女に声をかけた。
リリーは港町の小学校に通う11歳の少女で、母親が港の工場で働いている間、夕方になると決まってジョージの屋台にやってきた。
「うん、今日は図工で大きな魚を描いたの!」
「それはいい。この店の主役も魚だからな。じゃあ、特製のタラを一本おまけしてやるよ」
ジョージのフィッシュチップスは、分厚く切った白身魚にサクサクの衣が包まれ、揚げたてのポテトとともに新聞紙でくるまれて出てくる。
見た目は素朴だが、港の漁師たちから観光客まで、その味に魅了される人は多かった。
リリーは木製のベンチに座り、ホクホクのフィッシュチップスを頬張る。
その間、ジョージは古いラジオから流れるジャズを聴きながら、次の注文に取りかかる。
「ジョージおじさん、どうしてこのお店、こんなに長くやってるの?」
「うーん、それはな……。わしの父も祖父も、この港で魚を揚げていた。だが、時代が変わって漁も厳しくなってな。そんなとき、わしが唯一守れるものがこの味だったのさ。フィッシュチップスは、港の魂みたいなもんだ」
リリーはしばらく黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「じゃあ、私も大人になったらこのお店手伝うね。港の魂、私も守りたいな」
ジョージは思わず手を止めて笑った。
「そいつは頼もしいな」
その冬、ジョージは体調を崩し、しばらく屋台を休むことになった。
港町の人々は皆、心配そうに店の前を通り過ぎた。
リリーもまた、学校帰りに店のベンチに座り、開かない屋台を眺めながら、お弁当箱に自分で作ったフィッシュチップスを広げていた。
春になって、ジョージは少し元気を取り戻し、店を再開した。
その日、リリーは小さなノートを持って屋台にやってきた。
「これね、私の“未来のフィッシュチップス屋”の設計図!」
ノートには、カラフルな絵と共に「港の味を未来へ」と書かれていた。
ジョージは目を細めて言った。
「お前さんなら、きっと立派な店をやるだろうよ」
それから何年も経ち、ジョージが静かにこの世を去ったあと、港町には新しいフィッシュチップスの店が開いた。
名前は「リリーの港亭」。
屋号の隅に、小さな文字でこう刻まれていた。
「ジョージに教わった海の味、ここにあり」
店の奥からは、サクサクと揚がる音とともに、海の香りが優しく漂っていた。