深い山奥に、人の姿を取ることができる三尾の狐・白蓮(びゃくれん)が住んでいた。
彼女はもともと普通の狐であったが、百年の時を生き、霊力を得て三本の尾を持つ妖狐となった。
しかし、まだ九尾の狐のように完全な妖力を持つには至っておらず、人間に化けられるものの、その力は不完全であった。
ある日、白蓮は山のふもとの村で奇妙な噂を耳にした。
「最近、村の若者たちが次々と姿を消している。夜になると、山の奥に青い灯が揺れるのを見た者もいる」というのだ。
白蓮は不審に思い、夜になるのを待ち、青い灯の正体を探ることにした。
夜が更け、白蓮は人の姿を取り、狐の耳を隠しながら灯の見えた方角へ向かった。
すると、山の中にある古い祠(ほこら)の前で、怪しげな光を放つ灯火が揺れていた。
その中心には、美しい女が立っていた。
彼女の目は妖しく光り、唇からはかすかに微笑みがこぼれていた。
「ようこそ、三尾の狐よ」
白蓮は驚いた。
相手は自分の正体を見抜いている。
これはただの人間ではない。
白蓮は身構えながら問うた。
「あなたは何者です?」
女は笑みを深めた。
「私は鈴音(すずね)。この山に封じられた鬼よ。封印を解くには、生贄が必要なの」
白蓮は全てを理解した。
村の若者たちは鈴音の力を増すために囚われ、生贄にされていたのだ。
三尾の狐である自分もまた、鈴音にとっては力を得るための格好の獲物だったのかもしれない。
「あなたの目的は何?封印が解けたらどうするつもり?」
鈴音は優雅に髪をかき上げ、白蓮を見つめた。
「人間の世界に混乱をもたらすのよ。彼らは愚かで脆い。私を封じた者たちの末裔に、恐怖を思い出させるわ」
白蓮の胸に怒りが込み上げた。
確かに彼女は人間ではないが、人間と関わりながら生きてきた。
そして何より、無垢な命が犠牲になることを許すわけにはいかなかった。
「そうはさせないわ」
白蓮は霊力を込め、尾を広げた。
三本の尾が淡く光を放ち、祠の周囲に結界を張る。
鈴音が身じろぐ。
「面白い……だが、お前に私を止めることができるのかしら?」
鈴音の周囲に炎のような青い灯が集まり、白蓮に向かって飛んできた。
白蓮は素早く身を翻し、それをかわしながら、尾に込めた霊力を解き放った。
光の波が鈴音を包み込み、彼女の動きを封じる。
「封印は壊させない!」
白蓮は最後の力を振り絞り、祠の封印を修復した。
鈴音の身体が徐々に霞み、やがて完全に消えた。
静寂が戻る。
夜が明けるころ、白蓮は村へと戻り、囚われていた若者たちを助け出した。
村人たちは彼女の勇気を称え、感謝した。
しかし白蓮は静かに山へ戻る。
彼女はまだ完全な妖狐ではない。
いつかさらに強くなり、より多くの人々を守るために。
青い灯が再びともることがないように——そう願いながら、三尾の狐は静かに山の奥へと消えていった。