美咲はネイルが好きだった。
鮮やかな色、繊細なデザイン、指先に施される小さなアート。
それらは彼女の日常に彩りを与え、心を弾ませてくれた。
高校時代、校則の厳しい学校に通っていた美咲は、派手なネイルはもちろん、ほんの少しのマニキュアすら許されなかった。
しかし、そんな環境でも彼女はこっそりと透明なトップコートを塗り、指先を見つめては密かな喜びを感じていた。
大学生になると、ようやく自由にネイルを楽しめるようになった。
最初はセルフネイルから始め、動画サイトやSNSで情報を集めながら、自分なりのデザインを考え、試行錯誤を繰り返した。
塗りムラができたり、ストーンがすぐに取れてしまったりすることもあったが、それすらも楽しかった。
ある日、美咲はお気に入りのネイルサロンを見つけた。
店内は優しい香りに包まれ、心地よい音楽が流れ、ネイリストたちが丁寧に施術をしていた。
その空間に惹かれた美咲は、勇気を出して予約を取り、プロの施術を受けてみることにした。
「どんなデザインにしますか?」
担当のネイリストが優しく微笑みながら尋ねる。
美咲は少し考えてから答えた。
「春らしいピンクベースで、花のデザインを入れてほしいです」
「素敵ですね。じゃあ、ちょっとアレンジを加えてみてもいいですか?」
「はい!」
ワクワクしながら施術を受ける美咲。
ネイリストの手際の良さ、筆の運び方、ストーンの配置の仕方……すべてがプロフェッショナルで、感動した。
仕上がったネイルは、想像以上の美しさだった。
指先に咲いた小さな桜の花びらが、まるで本物のように可憐で、美咲の心を一気に春色に染めた。
その日以来、美咲はますますネイルの魅力にのめり込んでいった。
自分でも技術を磨きたいと思い、ネイルスクールに通い始めた。
そして卒業後、ついに憧れのネイリストとしてサロンに勤務することになった。
しかし、プロとして働き始めてからは楽しいことばかりではなかった。
お客様の希望に完璧に応えなければならないというプレッシャー、長時間の施術による指や腰の痛み、思ったようにうまく仕上がらないときのもどかしさ。
それでも、美咲はネイルを愛していた。
ある日、一人の女性がサロンを訪れた。
「実は、明日結婚式なんです。特別なネイルをお願いしたくて……」
彼女の指には何も施されていなかったが、美咲はすぐに気づいた。
爪が短く、弱々しく見える。
普段はネイルをしないのかもしれない。
「おめでとうございます!」
美咲は心からの笑顔を向けた。
「どんなデザインにしましょうか?」
女性は少し恥ずかしそうにしながら、「シンプルだけど、特別な感じにしたくて……」とつぶやいた。
美咲は考えた。
そして、彼女の指先に優しく寄り添うデザインを提案した。
「淡いピンクをベースにして、薬指にだけ小さなパールを置くのはどうでしょう? シンプルですが、特別感が出ますよ」
女性の目が輝いた。
「素敵です!」
施術が終わり、完成したネイルを見た女性は、感動したように指先を見つめた。
「すごく綺麗……。これなら明日、胸を張って指輪を見せられます」
美咲の胸が温かくなった。
ネイルは単なる装飾ではない。
指先の小さな変化が、人の心をこんなにも明るくするのだ。
美咲は改めて思った。
自分がネイルを愛する理由、それは、ネイルが人を幸せにできるから。
今日もまた、美咲は指先に小さな魔法をかける。