桜井桃子は、ピンクが大好きだった。
彼女の部屋は壁紙からカーテン、ベッドカバーまで一面ピンク。
クローゼットを開ければ、薄桃色のワンピース、ローズピンクのブラウス、ショッキングピンクのスカートがずらりと並んでいる。
小物もすべてピンクで統一されていて、持ち歩くスマートフォンのケースやイヤホンまでもがピンクだった。
桃子が幼い頃からこの色に惹かれたのには理由があった。
「ピンクは幸せの色なのよ」
幼い頃、祖母がそう言って彼女にピンクのリボンを結んでくれたのが始まりだった。
そのリボンをつけていると、不思議と明るい気持ちになれた。
以来、桃子はどんな場面でもピンクを身につけるようになった。
だが、社会人になってから、そのこだわりが周囲の目を引くことが増えた。
職場では「子どもっぽい」「派手すぎる」と陰口を叩かれ、気を使って淡いピンクの服に抑えたこともあった。
しかし、それでも周囲の評価は変わらなかった。
そんなある日、会社の飲み会があった。
桃子はピンクのワンピースを着て参加したが、同僚の何人かがこっそり笑っているのを感じた。
「やっぱり今日もピンクなんだね」
「すごい徹底してるよね」
彼らの言葉には明らかに揶揄が混じっていた。
桃子は心の中でため息をつき、笑ってやり過ごしたが、心の奥でふつふつと悲しみが込み上げた。
自分らしくあることは、そんなに奇妙なことなのだろうか?
帰り道、ため息をつきながら歩いていると、ふとガラス張りのカフェに目が止まった。
店内は温かみのある雰囲気で、窓際の席に座る男性が目に入った。
彼はピンクのネクタイを締めていた。
驚いて思わず立ち止まる。
ピンクのネクタイを見て、こんなに胸が高鳴るとは思わなかった。
彼もまた、ピンクを愛する人なのだろうか?
偶然、彼も桃子に気づいたようで、ふと目が合う。
そして、彼はふんわりと笑いながら、手招きをした。
桃子は戸惑いながらも、引き寄せられるように店の扉を開けた。
「こんばんは。ピンク、お好きなんですね」
男性は穏やかに微笑みながら話しかけてきた。
「ええ、大好きです。でも……ちょっと浮いてしまうみたいで」
桃子が苦笑すると、彼はゆっくりと首を振った。
「素敵なことですよ。自分の好きなものを大事にできるのは」
彼の言葉に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。
それから二人は、カフェでピンクについて語り合った。
好きなピンクの色合い、ピンクにまつわる思い出……話は尽きなかった。
帰る頃には、桃子の心の中の曇りはすっかり晴れていた。
翌日、彼から「またお話ししましょう」とメッセージが届いた。
桃子はスマートフォンを握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
ピンクがつなげてくれたこの出会いが、これからどんな未来を運んできてくれるのか――彼女は心躍らせながら、そっとピンクのリボンを結んだ。