「また失敗か……」
桜井美咲はため息をつきながら、オーブンの扉を開けた。
漂ってくる甘い香りは申し分ない。
しかし、目の前のクッキーは思ったよりも広がりすぎて、形が崩れてしまっていた。
「どうしてだろう。レシピ通りに作ったのに……」
美咲はふにゃふにゃになったクッキーを手に取る。
味は悪くないが、見た目が理想とは程遠い。
彼女は昔からお菓子作りが好きだった。
小学生の頃、母と一緒に初めて焼いたチョコチップクッキーの味が忘れられず、それ以来ずっと焼き続けている。
しかし、どうしても思い描いた通りの仕上がりにはならなかった。
「クッキー作りって、こんなに難しかったっけ?」
諦めきれず、美咲はレシピをもう一度見直した。
***
「おや、また何か試してるのかい?」
次の日、バイト先のカフェで、店長の木村が美咲に声をかけた。
「はい……でも、なかなかうまくいかなくて。」
「ふむ、それは材料のせいかもしれないな。粉の種類を変えてみたらどうだ?」
「え?」
美咲は驚いた。
材料がそんなに影響するものなのだろうか?
「小麦粉にもいろいろある。クッキーなら、薄力粉の中でもグルテンが少ないものがいいかもしれない。あとはバターの温度とかも重要だぞ。」
「バターの温度……?」
「冷たすぎると混ざりにくいし、溶かしすぎるとべたつく。バターの状態で食感も変わるんだ。」
美咲は目から鱗が落ちる思いだった。
今までレシピ通りに作ることばかり考えていて、材料の性質にはあまり気を配っていなかった。
「店長、ありがとうございます!試してみます!」
***
家に帰ると、美咲はさっそく新しい薄力粉を買い、バターの温度にも気を付けて生地を作った。
今まで適当に室温に置いていたバターを、指で軽く押して跡がつくくらいの柔らかさにしてから混ぜる。
「これなら、どうかな……?」
オーブンに入れ、じっと待つ。
焼き上がる甘い香りが部屋いっぱいに広がる。
タイマーが鳴り、そっと扉を開けると――
「やった……!」
クッキーは広がりすぎず、ちょうどいい形を保っていた。
そっと持ち上げると、サクッとした感触。味も完璧だった。
「これなら、みんなに食べてもらえるかも!」
***
翌日、美咲はカフェに自作のクッキーを持って行った。
バイト仲間や店長に試食してもらうと、みんな笑顔になった。
「おお、美咲、これはうまいぞ!」
「本当?よかった……!」
その日から、美咲のクッキー作りはさらに楽しくなった。
失敗もあったけれど、それを乗り越えて、おいしいものを作ることが何よりの喜びだった。
いつか、自分のカフェを開くのが夢。
そう思いながら、美咲は今日も新しいレシピに挑戦する。
クッキーの甘い香りとともに、彼女の夢もふくらんでいった。