春蘭亭のちゃんぽん物語

食べ物

長崎の港町は、潮風が心地よく吹き抜ける場所だった。
この町の片隅に、小さな中華料理店「春蘭亭」があった。
ここは地元の人々だけでなく、異国からの船員たちにも愛されている店である。
店主の名は陳(ちん)と言い、中国から移り住んで三十年近くになる。

春蘭亭の看板メニューは「ちゃんぽん」だった。
野菜、豚肉、海鮮をたっぷりと使い、特製の豚骨スープで煮込む麺料理だ。
長崎の地に住む様々な国の人々の舌を満足させるために、陳が試行錯誤の末に生み出した一品である。

ある日、若い船乗りのジャックが店に訪れた。
彼はオランダ船の航海士で、長崎港に立ち寄るたびに春蘭亭に足を運んでいた。
特にちゃんぽんが大のお気に入りで、食べ終わるといつも「最高だよ、陳!」と親指を立てて褒め称えていた。

「どうしてこの料理を作ろうと思ったんだい?」
ある日、ジャックは箸を置きながら陳に尋ねた。

陳はしばらく目を閉じ、懐かしそうに語り始めた。
「昔、私がこの町に来たばかりの頃、中国料理はあまり知られていなかった。
でも、いろんな国の人が集まるこの港で、皆に喜んでもらえる料理を作りたかったんだ。」

最初は簡単ではなかった。
日本の食材、中国の調味料、西洋の食文化、それぞれの要素をうまく調和させるのに苦労した。
しかし、ある日思いついた。
「全部を混ぜてしまえばいいじゃないか」と。
そこで野菜、豚肉、海鮮、そして特製スープを一つの鍋で煮込むことにしたのだ。
初めて作ったとき、店にいた日本人の客、オランダ人の船員、中国人の商人がそろって「うまい!」と声をあげた。
陳はその時、涙が出るほど嬉しかった。

「だから名前を『ちゃんぽん』にしたんだよ。中国語で『混ぜる』という意味の『チャンプン(攙混)』からね。」

ジャックは感動してうなずいた。
「国や文化が違っても、美味しいものはみんなを笑顔にするんだな。」

ある年の冬、陳は病に倒れ、店をしばらく休むことになった。
その間、ジャックをはじめ常連客たちは何度も見舞いに訪れた。
そして数か月後、陳は再び店に立ち、変わらぬ笑顔でちゃんぽんを作り続けた。

春蘭亭のちゃんぽんは、今日も変わらず人々の心と胃を温め続けている。
長崎の港町には、今も潮風とともに「最高だよ、陳!」という声が響いているのだった。