ある小さな町に、シチューをこよなく愛する一人の青年がいた。
名前は拓也。
彼は幼い頃から母が作るシチューが大好きで、寒い冬の夜、湯気の立つ温かいシチューを食べることが彼の一番の楽しみだった。
大人になった今でも、彼のシチューへの愛情は変わらなかった。
むしろ、年を重ねるごとにその情熱は強くなり、自ら様々なシチューを作るようになっていた。
ビーフシチュー、クリームシチュー、トマトシチュー、カレーシチュー——どれも彼の手にかかれば絶品だった。
ある冬の日、拓也は仕事からの帰り道、商店街の一角にある古びた洋食屋に目を留めた。
看板には「シチュー専門店」と書かれている。
こんなところにシチュー専門店があったとは、と驚きつつも、彼は吸い寄せられるように店の扉を開けた。
店内はこぢんまりとしていたが、どこか温かみを感じさせる空間だった。
カウンターの向こう側では、初老の男性がコトコトとシチューを煮込んでいる。
「いらっしゃいませ。」
拓也はメニューを眺めた。
ビーフシチュー、クラムチャウダー、オニオンシチュー……どれも魅力的だ。
迷った末に、彼はビーフシチューを注文した。
しばらくして運ばれてきたシチューは、見た目からして格別だった。
具材は大きく、ルーは深い色合いをしている。
スプーンでひとすくい口に運ぶと、口いっぱいに旨味と香りが広がった。
「……うまい。」
思わず呟いた声に、店主が微笑んだ。
「ありがとう。うちのシチューは、30年かけて磨いた味なんです。」
それからというもの、拓也は毎週のようにこの店を訪れた。
店主とも打ち解け、シチュー談義に花を咲かせるようになった。
店主は様々なシチューの作り方を教えてくれた。
拓也はそれを家でも試し、日々シチュー作りに没頭するようになった。
ある日、店主がぽつりとこう言った。
「実はね、私もそろそろこの店を畳もうと思ってるんです。」
「えっ。」
「体が少しずつ動かなくなってきてね。このシチューを作り続けるのがしんどくなってきたんですよ。」
拓也は胸が詰まる思いだった。
この味がなくなるなんて耐えられない。
しかし、同時にある考えが芽生えた。
「俺に……この店を継がせてもらえませんか?」
店主は目を見開き、そしてしばらくの沈黙の後、静かに頷いた。
それから半年後、拓也はシチュー専門店の新たな店主となった。
店名はそのまま、味もそのまま。
けれど、新たな情熱とアイデアを加え、少しずつ拓也の色も出し始めていた。
そして何より、シチューを愛する心だけは、誰にも負けないと彼は胸を張っていた。