家政婦の秘密

面白い

私は佐藤美咲(さとう みさき)、三十五歳。
家政婦として働き始めて十年が経とうとしている。
派遣される家はさまざまで、裕福な家庭もあれば、少し事情を抱えた家庭もある。
けれど、私の仕事はただひとつ。
依頼された家を清潔に保ち、必要なことを黙々とこなすこと。

今回の派遣先は都内の高級住宅街にある一軒家だった。
依頼主は藤井家。
三年前に妻を亡くしたという四十代の男性と、その一人息子である悠斗(ゆうと)くんが暮らしている。

「本日からお世話になります。佐藤と申します。」

「どうぞよろしくお願いします。」

藤井さんは柔和な笑顔で迎えてくれた。
しかし、どこかその笑顔は寂しげでもあった。
悠斗くんは最初、私と目を合わせようともしなかった。
母親を亡くした子供にとって、見知らぬ家政婦が家に入るのは抵抗があるのだろう。

仕事は単調で、掃除、洗濯、料理、買い物といったものだった。
けれど私はすぐに気がついた。
家の中には、まだ亡くなった奥様の面影が色濃く残されていることに。
リビングの隅に置かれた写真立て、キッチンにある手書きのレシピノート、クローゼットに吊るされたままのワンピース。

私はある日、悠斗くんが庭でひとり遊んでいるのを見かけた。
彼は母親が世話をしていたバラの鉢植えの前に立ち、静かにそれを見つめていた。
私は声をかけようとしたが、思いとどまった。

その日の夜、藤井さんが私に話しかけた。

「息子と、少しでも話してもらえませんか。彼はまだ母親の死を受け入れられなくて。」

私は頷いた。次の日から、少しずつ悠斗くんに話しかけるようにした。
最初は短い返事しか返ってこなかったが、ある日、彼がぽつりとこう言った。

「ママのバラ、枯れちゃうのかな。」

「そんなことないよ。ちゃんとお水をあげれば、きっと咲くから。」

私はそれから毎日、悠斗くんと一緒にバラに水をあげた。
彼の表情は次第に明るくなり、少しずつ私にも心を開いてくれるようになった。

ある日、藤井さんが私に感謝の言葉を伝えてくれた。

「あなたが来てくれて、本当に良かった。」

私は静かに微笑んだ。
この家での仕事はまだ続くが、少しでもこの家族の痛みが和らぐ手助けができるなら、私はここにいる意味があるのだと思った。

それが、私の仕事。家政婦としてではなく、人としての役割なのかもしれない。