プラモデルの向こう側

面白い

時計の針が深夜一時を回った。
六畳の部屋に響くのは、カッターがランナーをなぞる音と、接着剤のキャップをひねる乾いた音。
机の上には無数のパーツが並び、それら一つ一つが、まるで命を待っているかのように整列している。
佐倉悠斗は、また今日もプラモデルを作っている。

きっかけは、小学校三年生の時だった。
誕生日に父親からもらった戦闘機のプラモデル。
それまでゲームばかりしていた悠斗にとって、プラモデルは未知の存在だった。
説明書を読みながら、ニッパーを握る小さな手は、ぎこちなくも興奮していた。
組み上げた戦闘機は決して上手ではなかったが、悠斗は不思議な満足感を覚えた。
それ以来、プラモデルは悠斗にとって特別な存在になった。

中学、高校と進むにつれ、周囲の友人たちは部活や恋愛、受験に忙しくなっていったが、悠斗の机にはいつもプラモデルがあった。
戦車、ロボット、戦艦……ジャンルは次第に広がっていき、棚には作品がぎっしりと並んだ。
中には塗装に何週間もかけた大作もあった。
それでも、悠斗は自分の腕は「まだまだだ」と思っていた。

大学に進んだ悠斗は、模型サークルに入った。
そこには同じようにプラモデルに魅せられた仲間がいた。
ガンプラ大会で賞を狙う者、歴史考証を重視してミリタリー模型を作る者、オリジナル改造に情熱を燃やす者。
それぞれがこだわりを持ち、語り合い、時には技術を教え合う。
その時間は、悠斗にとって何よりも楽しかった。

大学三年生の冬、サークルの先輩からあるコンテストの存在を教えられた。
全国規模のプラモデルコンテスト。悠斗は迷ったが、挑戦することにした。テーマは「オリジナル」。今まで説明書通りに作ることにこだわってきた悠斗にとって、それは未知の領域だった。

何を作るか、どう作るか。悩み続ける日々。机に向かっても手は動かず、完成品たちを眺めるばかり。そんな時、ふと視線が止まったのは、最初に作った戦闘機だった。あの日、無心で作った小さなプラモデル。多少歪んでいても、悠斗にとっては宝物だった。

「自分が本当に作りたいものを作ろう」
そう思った瞬間、頭の中に一つの情景が浮かんだ。

それは、戦場を舞う一機の戦闘機と、それを見上げる少年の姿。
少年はかつての自分。
説明書の通りではなく、自分だけの物語を持つ作品を作ろう。
そう決めた。

ランナーから切り出したパーツを大胆に加工し、プラ板やパテでディテールを追加する。
カラーリングは大空をイメージしたブルーグラデーション。
汚し塗装も施し、何度も戦いをくぐり抜けた機体の歴史を表現する。
そして、その足元には、小さな少年のフィギュアを置いた。
見上げる少年の目には、輝く未来が映っている。

完成までに三ヶ月以上かかった。
だが、悠斗は一度も投げ出さなかった。
プラモデルと向き合う時間が、悠斗自身と向き合う時間になっていたからだ。

コンテスト当日、会場には全国から集まった力作が並んだ。
どれも技術的に高度で、見ているだけで圧倒されそうになる。
それでも、悠斗の作品には、他にはない「物語」があった。

審査員は作品の横に置かれた短い説明文を読んだ。
「少年の夢と、プラモデルに込められた未来への希望」。
結果発表で悠斗の名前が呼ばれた時、周りの仲間が歓声を上げた。
準優勝だった。それでも悠斗は、満足感で胸がいっぱいだった。

受賞作品はサークルの部室に飾られた。
後輩たちがそれを見て、「自分も挑戦してみたい」と言うたび、悠斗は微笑んだ。
自分の作品が、誰かの未来へと繋がるかもしれない。
それは、プラモデルが悠斗にくれた、最高の贈り物だった。

今夜も、悠斗の部屋の机には新しいプラモデルが置かれている。
ランナーを眺めながら、まだ見ぬ物語を思い描く。
プラモデルの向こう側には、いつだって未来が広がっている。