街のはずれにひっそりと佇む、小さなカフェ「ル・ボヌール」。
そこには、知る人ぞ知る特別なマカロンがあると噂されていた。
色とりどりのマカロンはまるで宝石のようで、一口食べれば幸せな気持ちになるという。
高校生の紗季は、子供の頃からマカロンが大好きだった。
母親が誕生日のたびに買ってきてくれたピンク色のラズベリーマカロンの甘酸っぱい味が、今でも忘れられない。
しかし、母が突然病気で亡くなってから、紗季はマカロンを食べられなくなっていた。
あの優しい笑顔を思い出してしまい、胸が締め付けられるからだ。
そんなある日、紗季は学校の帰り道、偶然「ル・ボヌール」の前を通りかかった。
古びた木製の看板と、カフェの中から漂う甘い香りが心を引き寄せた。
ドアを開けると、ベルの澄んだ音が鳴り響く。
店内は落ち着いた雰囲気で、奥のショーケースには鮮やかなマカロンが美しく並んでいた。
「いらっしゃいませ。」
カウンターの向こうから現れたのは、優しげな目をした青年・蓮だった。
彼はこのカフェの店主であり、マカロン職人でもあった。
「マカロン、お好きですか?」
その問いかけに紗季は答えに詰まった。
好きだった。
でも、今は違う。
無理に笑って首を横に振ろうとしたとき、ショーケースの中に一つだけ、あの日と同じピンク色のラズベリーマカロンが目に入った。
「それ……一つください。」
気づけば紗季はそう言っていた。
蓮はにっこりと微笑み、マカロンを皿にのせて差し出した。
「このマカロンにはね、特別な魔法がかかってるんだ。大切な思い出を、もう一度優しく包んでくれる魔法。」
紗季は半信半疑ながら、一口かじった。
すると、あの甘酸っぱさとともに、母の優しい声と笑顔が心にふわりと蘇ってきた。
思わず涙が頬を伝う。
「お母さんのこと、思い出したのかな?」
蓮の言葉に、紗季は小さくうなずいた。
「…もう、二度と食べられないと思ってた。でも、なんだか今日は大丈夫だった。」
「マカロンはね、ただ甘いだけじゃない。いろんな思いを閉じ込められるんだ。悲しみも、喜びも、全部包んでくれる。きっと君のお母さんも、マカロンを通して伝えたかったんじゃないかな。『いつでもここにいるよ』って。」
その言葉に、紗季の心は少しずつ溶けていった。
母との思い出を抱きしめるように、残りのマカロンをゆっくりと味わう。
気がつけば日が暮れ、店の窓からオレンジ色の夕日が差し込んでいた。
「また、来てもいいですか?」
紗季がそう尋ねると、蓮は嬉しそうに笑った。
「もちろん。君のためのマカロン、いつでも用意しておくよ。」
その日から、紗季は「ル・ボヌール」に通うようになった。
さまざまなフレーバーのマカロンを味わいながら、少しずつ自分の気持ちと向き合っていった。
母との思い出が悲しみだけではなく、優しい温もりを持ったものに変わっていくのを感じながら。
マカロンのように、甘くてやわらかい日々が、また紗季に戻ってきたのだった。