遥(はるか)は、小さい頃から果物が大好きだった。
特に、南国のフルーツに目がなかった。
パイナップルの甘酸っぱい香り、マンゴーのとろけるような舌触り、パッションフルーツの爽やかな酸味。
これらのフルーツを口にするたび、心が南国の陽だまりに包まれるような感覚に浸った。
遥が南国のフルーツを好きになったきっかけは、幼少期に祖母から聞かされた物語だった。
祖母は若い頃、南の島々を旅していた。
旅先で出会った地元の人々、青く広がる海、そして何より、木々からもぎたてのフルーツを頬張ったときの、あの格別な味の話を楽しそうに語ってくれたのだ。
「遥もいつか、本物の南国のフルーツを食べに行きなさい。そのとき、きっと大切な何かを見つけられるわ。」
祖母はそう言って、いつも小さなマンゴーの形をしたペンダントを遥に見せてくれた。
黄金色に輝くそのペンダントは、祖母が旅の最後に出会った果樹園の老婦人から贈られたものだったという。
「このペンダントは幸運を呼ぶのよ。きっとあなたも、南国で特別なものを見つけられるわ。」
時が流れ、遥は大学生になった。
忙しい日々の中でも、スーパーで見つけた南国フルーツを買っては祖母の話を思い出していた。
しかし、それはどこか物足りない味だった。
加工された輸入フルーツには、祖母が語っていた「本物の味」が感じられなかったのだ。
ある日、遥は祖母の古い日記を見つけた。
そこには、かつて祖母が訪れた南国の島「シエル島」のことが詳しく書かれていた。
日記の最後のページには、こう記されていた。
「シエル島で出会ったあの味、あの人々、あの風景。あれが私の宝物。遥にも、いつかあの島の太陽とフルーツを味わってほしい。」
その言葉に心を動かされた遥は、祖母との約束を果たすため、シエル島へ行く決心をした。
シエル島に降り立った瞬間、遥は思わず深呼吸をした。
潮風とトロピカルフルーツの甘い香りが混ざり合い、心をときめかせる。
島を歩いていると、小さな果樹園を見つけた。
そこで働いていたのは、にこやかな笑顔を浮かべた老婦人だった。
「いらっしゃい。遠いところから来たのかい?」
「はい、実は祖母が昔この島を訪れていて…」
遥が祖母の話をすると、老婦人は驚いたように目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「もしかして、そのペンダント…?」
遥が首元に下げていたマンゴー型のペンダントを指差した。
「ええ、祖母からもらいました。祖母は、ここのフルーツは特別だって言っていました。」
老婦人は頷き、熟したマンゴーを一つ遥に手渡した。
「食べてごらん。本物の味を。」
遥はマンゴーを一口かじった。
甘さと酸味のバランスが絶妙で、まるで口いっぱいに南国の太陽が広がるようだった。
加工されたものでは決して味わえない、生きたフルーツの力強い味わい。
その瞬間、遥の目に涙が浮かんだ。
「…これが、本物なんですね。」
老婦人はにっこりと笑った。
「あなたのおばあさんも、同じ顔をしていたわ。」
その言葉を聞いて、遥は胸が熱くなった。
祖母もこの場所で、同じ味を、同じ風景を楽しんでいたのだ。
その日、夕暮れの浜辺で遥は思った。
「おばあちゃん、やっとわかったよ。本物の味って、単に美味しいだけじゃないんだね。人との出会いや、大切な思い出がその味を特別なものにしてくれるんだ。」
波の音が優しく響く中、遥は静かに空を見上げた。
南国の夕日が、黄金色のペンダントとマンゴーの果実を優しく照らしていた。