冬の訪れを告げる冷たい風が街を吹き抜けるころ、小さな村にエミという少女が住んでいました。
エミは母親と二人暮らしで、父親は彼女が幼い頃に遠い国へ仕事に出かけたきり、帰ってきませんでした。
エミの宝物は、父親が旅立つ前にくれた赤い手袋でした。
小さな手にぴったりのその手袋は、柔らかな毛糸で編まれており、エミが寂しい時も寒い時も、父の温もりを思い出させてくれる大事なものでした。
母親も「その手袋には、お父さんの帰る約束が込められているのよ」と言って、エミを励ましていました。
ある冬の日、エミは村の広場で開かれる冬祭りに出かけました。
雪がしんしんと降る中、村人たちは暖かい飲み物を片手に笑い声を上げ、子供たちは雪だるまを作って遊んでいました。
エミも楽しいひとときを過ごしましたが、家に帰る途中で気づいたのです。
――片方の手袋を落としてしまったことに。
大急ぎで来た道を戻り、広場を探しましたが、手袋はどこにも見当たりませんでした。
雪が深く積もり、もしかしたら誰かが踏んで埋まってしまったのかもしれないと、エミはがっくりと肩を落としました。
あの手袋は、お父さんの帰りを信じる心の支えでした。
「もう、お父さんには会えないのかな……」
エミは泣きながら家に帰りました。
しかし、母親は優しく微笑んで言いました。
「エミ、大丈夫よ。きっと手袋は見つかるわ。それに、お父さんとの約束は手袋だけじゃなく、エミの心の中にもあるんだから。」
次の日、エミは再び手袋を探すため、村はずれの森へと足を運びました。
すると森の中で、小さな白いキツネが赤いものをくわえているのを見つけたのです。
エミが驚いて声を上げると、キツネは一瞬こちらを見つめ、そのまま森の奥へと駆け出しました。
「待って!それ、私の手袋なの!」
エミはキツネを追いかけて雪深い森の中を走りました。
すると、古い木の下でキツネは立ち止まり、赤い手袋をそっと地面に置きました。
その場所には、雪に覆われた古いベンチと、誰かが長い間待っていたかのような跡がありました。
エミが手袋を拾い上げたとき、どこからか優しい声が響いた気がしました。
「エミ、もうすぐ帰るよ。」
振り返っても誰もいません。
ただ、キツネは静かにエミを見つめていました。
その目はどこか懐かしく、温かみを感じさせました。
エミは手袋を胸に抱き締めました。
冷たかった手袋は、不思議なことに少しだけ暖かくなっていました。
それから数日後、エミと母親が家で夕食の支度をしていると、戸口を叩く音が聞こえました。
ドアを開けると、そこに立っていたのは旅に出たままだった父親でした。
雪にまみれた外套を羽織り、少しやつれた顔をしていましたが、確かにエミの知っている父の笑顔でした。
「ただいま、エミ。約束を守ったよ。」
エミは涙をこらえきれず、父親の胸に飛び込みました。
「おかえりなさい!待ってたよ、お父さん!」
そのとき、エミのポケットの中の赤い手袋は、二つそろって暖かく輝いているように見えました。
そして、エミの家の窓の外では、あの白いキツネが静かに森の中へと消えていきました。
まるで、その使命を果たしたことを告げるように。
こうして、赤い手袋に込められた約束は、暖かな家族の再会と共に、静かな冬の夜に果たされたのでした。