遥は幼い頃から空を飛ぶ夢を見ていた。
雲の上を自由に漂い、風に身を任せて大地を見下ろす。
そんな夢が現実になったのは、大学時代、旅行先で偶然パラグライダーの体験教室を見つけたときだった。
最初は軽い気持ちで参加したのだが、パラグライダーで空を飛んだ瞬間、その感覚に心を奪われた。
「空って、こんなに広かったんだ…。」
目の前に広がる地平線、頬を撫でる冷たい風、そして眼下に広がる小さな町並み。
地上にいるときには感じることのできない、圧倒的な自由がそこにはあった。
パラグライダーから降り立ったとき、遥の心は決まっていた。
「もっと高く、もっと遠くへ飛びたい」と。
それからというもの、遥はアルバイトでお金を貯め、自分のパラグライダーを手に入れた。
週末のたびに山へ向かい、飛ぶ練習を繰り返した。
風を読む技術、上昇気流を探す感覚、そして着地のコントロール。
どれも簡単ではなかったが、空を飛ぶためならどんな努力も惜しくなかった。
ある日、遥はとある大会の存在を知る。
プロや経験豊富なパイロットたちが集まる全国規模のパラグライダー大会だった。
優勝すれば世界大会への切符を手に入れられる。
「私もあの空で勝負したい。」遥の心は燃えた。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。
大会の一か月前、遥は訓練中に突風にあおられ、不時着を余儀なくされた。
幸い大きな怪我はなかったが、パラグライダーの一部が破損してしまった。
大会までに修理が間に合うか分からない状況。
さらに、不時着したときの恐怖心が、遥の心に影を落とした。
「もう飛べないかもしれない…。」
そう思った瞬間、あの初めて飛んだ日の感覚が脳裏に蘇った。
あの自由さ、あの開放感。遥はもう一度、自分に問いかけた。
「なぜ私は空を飛びたいのか?」
答えは単純だった。
空を飛ぶことでしか感じられない、あの特別な自由を、再び味わいたいから。
恐怖を超えた先にしか、その自由はない。
そう気付いた遥は、再び立ち上がった。
修理が完了した機体を背負い、大会当日、遥はスタート地点に立った。
空は晴れ渡り、風は穏やかだった。
遥は深呼吸をし、風の流れを感じ取ると、一歩を踏み出した。
――風を信じて。自分を信じて。
翼が風を捉え、ゆっくりと地面から足が離れる。
視界が広がり、町が小さくなっていく。
あの時と同じ感覚が全身を包んだ。
遥は自分の心にあった恐怖が、風に溶けて消えていくのを感じた。
競技時間の中で、遥はこれまで学んできた全てを使った。
気流を読み、最高の高度を保ち、正確な着地点を目指した。
ゴールに近づいたとき、遥は一瞬だけ目を閉じた。
「私は、飛んでいる。」
それだけで十分だった。
結果発表。遥の名前が優勝者として呼ばれたとき、彼女は一瞬耳を疑った。
会場の歓声が耳に届き、気付けば涙が頬を伝っていた。あの日抱いた夢が、ついに現実となった瞬間だった。
世界大会への切符を手にした遥は、これから訪れる新たな空を思い描いた。
世界には、まだ見ぬ空が無限に広がっている。
そこへ飛び立つ準備は、もうできていた。
遥の旅は、まだ始まったばかりだ。