海の近くの小さな漁村に、一人の少年が住んでいた。
名を湊(みなと)といい、幼いころから海を愛し、浜辺で遊ぶのが日課だった。
彼には特別な夢があった。
それは、野生のイルカと自由に泳ぐことだった。
幼いころ、湊は父と一緒に漁に出たことがある。
そのとき、偶然にも船の周りを泳ぐイルカの群れに出会った。
彼らは波間を跳ねながら、まるで人間と遊びたいかのように近寄ってきた。
その姿に魅了された湊は、以来、毎日のように海を眺め、彼らの姿を探すようになった。
中学生になった湊は、より本格的にイルカの生態を学びたいと思うようになった。
漁村の人々の中には、「イルカは漁の邪魔をする」と嫌う者もいたが、彼はそれでもイルカを知りたいと願った。
図書館で海洋生物の本を借り、夏休みには近くの水族館に通って、飼育員に質問をした。
だが、湊の本当の夢は、水槽の中のイルカではなく、野生のイルカと心を通わせることだった。
ある日、湊は村の沖合で野生のイルカがよく現れる場所があると知る。
彼は小さなゴムボートを用意し、一人で沖へと漕ぎ出した。
海の真ん中でボートを止め、波の音に耳を澄ませると、遠くから「キューッ」というイルカの鳴き声が聞こえた。
胸が高鳴る。
目を凝らすと、青い水面を滑るように泳ぐ影が見えた。
「あれは……!」
湊は思わず声を上げた。
何頭ものイルカが彼のボートの周りを泳ぎ始めたのだ。
その動きは軽やかで、まるで「一緒に遊ぼう」と誘っているようだった。
勇気を出して海に飛び込むと、冷たい水が全身を包んだ。
すると、一頭のイルカがそっと近づいてきた。
湊がそっと手を伸ばすと、そのイルカは驚くことなく、彼の指先を鼻先で軽くつついた。
それはまるで「君は敵じゃないね」と確認するような優しい仕草だった。
湊は必死にイルカの泳ぎを真似した。
最初はぎこちなかったが、徐々に彼らのリズムをつかむと、イルカたちも彼を受け入れてくれたのか、何度も近くを泳ぎながらじゃれついてきた。
その瞬間、湊は思った。
「言葉は通じなくても、心は通じ合えるんだ。」
太陽が傾き始めると、イルカたちは少しずつ沖へと向かい始めた。
湊も帰らなければならない。
でも、どうしても最後に伝えたいことがあった。
「ありがとう。」
そうつぶやくと、一頭のイルカが高くジャンプし、太陽の光を浴びながら海へと戻っていった。
それはまるで「また会おう」と言っているようだった。
湊はその日以来、ますます海を愛するようになった。
そして、大人になった彼は海洋学者となり、イルカの保護活動に携わることとなる。
彼の人生の原点には、あの日、海で出会った野生のイルカたちの存在があった。
それ以来、湊はずっと信じている。
「もし心を開けば、海の声は聞こえるんだ。」