幻虫の楽園

不思議

夏の日差しがじりじりと照りつける中、少年・颯太は網を片手に森の奥へと足を踏み入れた。
彼の目は獲物を探すハンターのそれだった。

颯太は虫が大好きだった。
小さい頃から昆虫図鑑を読み漁り、虫取り網を振るうのが何よりの楽しみだった。
近所の公園や空き地では物足りず、彼は自転車で少し離れた山へと向かうようになった。
そこには珍しい虫がたくさんいて、彼の心をときめかせた。

ある日、彼は図鑑にも載っていない奇妙な虫を見つけた。
それは虹色に輝く羽を持ち、体長はカブトムシほど。
だが、どの昆虫にも似ていない不思議な形をしていた。
彼は慎重に近づき、網を構える。
しかし、捕まえようとした瞬間、その虫は驚くべき速さで跳ねるように飛び去った。

「待て!」

彼は虫の後を追いかけた。
森の奥深くへ進むうちに、いつの間にか見たことのない場所へと迷い込んでいた。
木々は大きく生い茂り、足元には青白く光るキノコが点在していた。
まるで別世界のような光景に、彼は息をのんだ。

ふと、耳元で羽音がした。
振り向くと、さっきの虫がすぐそばにいた。
まるで誘うようにゆっくりと飛び回っている。
「お前、何者なんだ…?」颯太は虫の動きを見つめながら、そっと手を伸ばした。

その瞬間、眩い光が辺りを包み込んだ。

気がつくと、颯太は広大な草原に立っていた。
見上げると、信じられないほど巨大な蝶や、透明な羽を持つ甲虫が優雅に飛び回っていた。
「ここは…どこだ?」彼は呆然と辺りを見回した。

「ようこそ、昆虫たちの楽園へ。」

突然、背後から声がした。振り向くと、白髪の老人が立っていた。
目を輝かせながら、彼は続けた。
「私はこの世界の研究者だ。お前が追っていたのは“幻虫”と呼ばれる特別な昆虫だ。選ばれし者だけがこの世界に招かれるのさ。」

颯太は驚きつつも興奮を隠せなかった。
虫たちをじっくり観察できるだけでなく、未知の種類までいる世界が目の前に広がっているのだ。

「この世界で、君も研究を手伝ってくれないか?」

老人の言葉に、彼は迷わずうなずいた。

それから数年が経ち、颯太はこの不思議な世界で幻虫たちの生態を研究することになった。
かつての少年は、今や昆虫博士として、この秘密の世界の記録を綴っている。

だが、彼は今も思う。

「いつか、また現実の世界に戻れるのだろうか…?」