小さな町の片隅に、古びたけれども温かみのある小さな焼き菓子店があった。
その店の名前は「クッキーの木」。
店主の佐倉陽菜(さくら・はるな)は、子供の頃からクッキー作りが大好きで、祖母の影響を受けてこの店を開いた。
陽菜がクッキー作りに目覚めたのは、まだ小学生の頃だった。
祖母が焼いてくれるバターの香り豊かなクッキーが大好きで、学校から帰ると真っ先に台所へ駆け込んでいた。
ある日、祖母が「一緒に作ってみる?」と声をかけてくれた。
その日から、陽菜は粉まみれになりながらもクッキー作りに夢中になっていった。
時が経ち、陽菜は大学卒業後、一度は一般企業に就職したが、祖母が他界したのを機に、彼女のレシピを受け継いでクッキー店を開くことを決意した。
開店当初は思うように客足が伸びなかったが、陽菜の作るクッキーは少しずつ評判を呼び、町の人々に愛されるようになった。
ある日、店に一人の男の子がやってきた。
彼は小学三年生くらいで、少し恥ずかしそうにしながら店内を見回していた。
「いらっしゃい。クッキー、好き?」
陽菜が優しく声をかけると、男の子は小さくうなずいた。
「……母さんがね、ここのクッキーが美味しいって言ってた」
「そうなんだ。じゃあ、お母さんにお土産にする?」
男の子は少し考えた後、「ぼく、クッキー作るの、好き」とぽつりと呟いた。
それを聞いた陽菜は、どこか昔の自分を思い出した。
「じゃあ、一緒に作ってみる?」
陽菜は、店の奥にある小さな厨房へ男の子を案内し、簡単なクッキー作りを教えることにした。
小さな手で生地をこねる男の子の姿は、幼い頃の自分そのものだった。
「上手だね。これからもいっぱい作れるよ」
男の子は嬉しそうに笑い、「お母さんに食べてもらうんだ」と言った。
その姿に、陽菜は心が温かくなるのを感じた。
その日から、男の子は時々店にやってきて、陽菜と一緒にクッキーを焼くようになった。
やがて彼の母親も店を訪れ、クッキーを食べながら「この店のおかげで、息子が新しい夢を持てたみたいです」と微笑んだ。
陽菜は、祖母から受け継いだクッキー作りの楽しさが、こうして誰かに伝わっていくことを実感した。
「クッキーの木」は今日も、甘い香りと温かい気持ちに包まれている。