大学生の健太は、一人暮らしを始めて半年が経っていた。
大学の近くにある古びたアパートは、家賃が格安だったため、多少の不便には目をつぶることにした。
しかし、そのアパートには奇妙な噂があった。
「夜中にドアをノックされる。でも、開けちゃダメだ」
最初はただの噂話だと思っていた。
しかし、ある晩、健太の部屋のドアが静かに「コン、コン」と叩かれた。
時計を見ると午前二時。
こんな時間に誰が……? 心臓が早鐘を打つのを感じながら、健太はドアスコープを覗いた。
しかし、そこには誰もいない。
気のせいかと思い、ベッドに戻ろうとしたその時、また「コン、コン」と小さな音が響いた。
今度は明らかにすぐそこから聞こえる。
健太はドアに耳を押し当てた。
すると、ドア越しに、かすかに囁くような声が聞こえてきた。
「開けて……開けてよ……」
ぞくりと背筋が凍る。明らかに女性の声だった。
しかし、こんな時間に訪ねてくる女性に心当たりはない。
スマホを手に取り、警察を呼ぼうとしたその時、「ガリ、ガリ……」と、何か鋭いものでドアを引っ掻くような音がした。
恐怖が頂点に達し、健太は思わずベッドの隅に縮こまった。
音はしばらく続いたが、いつの間にか静寂が戻った。
時計を見ると、三時を回っている。
健太は一睡もできず、朝を迎えた。
翌日、友人にこの話をすると、「マジか……」と顔を青ざめた。
「俺の知り合いも同じ体験してるよ。結局ドアを開けたんだけど、そこには……何もいなかったって。でも、その日から体調を崩して、数日後に事故で亡くなったんだ」
健太は震えた。
それ以来、夜中のノックが怖くて仕方がない。
そして数日後、またあの音が鳴った。
「コン、コン……」
健太は耳を塞ぎ、じっと耐えた。
しかし、今回は違った。
「カチャ……」
ドアの鍵が、勝手に回る音がした。
健太は恐怖で動けなかった。
ゆっくりとドアノブが回り、ドアがわずかに開いた。
そこには、笑みを浮かべた女の顔があった。
「やっと……開けてくれたね」
その瞬間、健太の意識は闇へと沈んでいった。
翌朝、警察が駆けつけた時、部屋には誰もいなかった。
ただ、ドアの前には長い髪の毛が落ちていたという……。