クレヨンの魔法

不思議

山田拓実(やまだ たくみ)は、小さな町に住む小学四年生の男の子だった。
彼には一つ、誰にも負けない大好きなものがあった。それはクレヨンだった。
カラフルなクレヨンを手にすると、どんな気分のときでも楽しくなれた。

彼の机の引き出しには、さまざまなクレヨンがぎっしり詰まっていた。
学校の図画工作の時間だけでは物足りず、帰宅するとすぐにノートや画用紙に夢中で絵を描いた。
拓実にとって、クレヨンはただの道具ではなく、心を映し出す魔法の杖だった。

しかし、学校では少し変わった子だと思われていた。
友達がサッカーや鬼ごっこをしている間、彼は一人静かにクレヨンで絵を描いていたからだ。
「なんでそんなに絵ばっかり描いてるの?」とクラスメイトにからかわれることもあったが、拓実は気にしなかった。
彼にとって、クレヨンの世界は何よりも魅力的だったのだ。

ある日、拓実は学校の帰り道、町のはずれにある古びた文房具店に立ち寄った。
そこには、普段あまり見かけないような色とりどりのクレヨンが並んでいた。
棚の奥に、少し変わった箱に入ったクレヨンを見つけた。

「おや、それに興味があるのかい?」

店の奥から、店主のおじいさんが現れた。
白い髭をたくわえた温かみのある笑顔の店主は、拓実にこう言った。

「それは特別なクレヨンだよ。描いたものが、本当に動き出すんだ。」

拓実は驚いた。
「本当に?」

「試してごらん」と、おじいさんは優しく笑った。

半信半疑で家に帰ると、拓実は早速そのクレヨンを使ってみることにした。
真っ白な画用紙の上に、小さな鳥を描いてみる。
すると、描いた鳥がふわりと羽を動かし、紙の上から飛び出した。

「わあ!」

拓実は驚きと興奮で胸を高鳴らせた。
次に、小さな花を描くと、花びらがゆっくりと開き始め、甘い香りがふわりと漂ってきた。
これは本当に魔法のクレヨンだったのだ!

それからというもの、拓実は毎日、そのクレヨンでさまざまなものを描いた。
動物たち、虹、風船、そして小さな妖精……彼が描くものはどれも本当に動き出し、部屋の中は夢のような世界になった。

しかし、ある日、彼はちょっとしたいたずら心で、クラスでいつも彼をからかう佐々木翔(ささき しょう)の似顔絵を描いてしまった。
そして、ふとした弾みで「ちょっといたずらしてやろう」と思い、その絵に「翔がびっくりするくらい大きなクシャミをする」と書き加えた。

すると翌日、学校で翔が突然大きなくしゃみを連発し始めた。
クラスメイトは大笑いしたが、翔はとても困っていた。
拓実はその様子を見て、何か大変なことをしてしまったのではないかと胸が痛んだ。

放課後、拓実は文房具店に駆け込んだ。
「おじいさん、ぼく、魔法のクレヨンで悪いことをしちゃったかもしれない……」

店主は静かに頷き、「クレヨンの魔法は、使う人の心に寄り添うんだ。もし誰かを傷つける気持ちで使えば、その通りの結果が生まれる。けれど、優しい気持ちで使えば、素敵なことが起こるよ」と言った。

拓実は家に帰ると、すぐに画用紙を取り出し、「翔が風邪をひかずに元気になりますように」と書き添えた翔の絵を描いた。
翌日、翔のくしゃみはぴたりと止まり、彼は元気に戻っていた。

それ以来、拓実は魔法のクレヨンを使うとき、必ず「誰かを笑顔にする絵を描こう」と心に決めた。
クレヨンを通して、彼は「描くことは誰かを幸せにする力になる」ということを学んだのだった。

ある日、彼が店に行くと、あの特別なクレヨンはどこにもなかった。
店主も「もうお前にとって、それは必要ないだろう」と微笑んだ。

拓実は成長しても、絵を描くことをやめなかった。
彼が描いた絵はたくさんの人々を幸せにし、いつしか彼は世界的な絵本作家になっていた。
彼の本には、いつも子どもたちの笑顔があふれていた。

そして彼の心の中には、今でもあの魔法のクレヨンの思い出が大切に残っていた。