三郎は、ある冬の日に市場で買ったりんごを食べ終えたあと、残った種を見つめながら考えた。
「この種を植えたら、またりんごが生るのだろうか?」
昔から土いじりが好きだった三郎は、興味本位でその種を庭の片隅に埋めた。
それは小さな行動だったが、彼にとっては新しい挑戦でもあった。
春が訪れ、雪解け水が大地を潤す頃、彼は土から小さな芽が顔を出しているのを見つけた。
思わず微笑み、その小さな命を指先で優しく撫でた。
それからというもの、彼は毎朝欠かさず水をやり、雑草を取り、日当たりの良い場所に移しては大切に育てた。
しかし、村の人々は彼を見て笑った。
「そんなものを育てても無駄だ」「種から育てた木は甘い実をつけないぞ」と口々に言った。
それでも三郎は気にせず、ただ黙々と世話を続けた。
それから数年が経ち、りんごの木は立派に成長した。
春には白い花を咲かせるようになったが、実はならなかった。
村人たちは「ほら見ろ、言った通りだ」と笑ったが、三郎は諦めるつもりはなかった。
ある日、村の長老が彼の畑を訪れ、「実をつけさせたければ、接ぎ木をするといい」と教えてくれた。
三郎はその方法を学び、隣村の果樹園から良質なりんごの枝を分けてもらって、慎重に接ぎ木を行った。
それからさらに数年、木は以前よりも元気に育ち、春には見事な花を咲かせるようになった。
そして、秋になると、ついに小さなりんごの実がなり始めた。
最初の年は数えるほどしか実らなかったが、翌年にはさらに増え、五年目の秋、三郎のりんごの木はたくさんの赤く熟した実をつけた。
「三郎の木に実がなったぞ!」
その噂は村中に広まり、驚いた村人たちが彼の庭に集まった。
三郎は最初に実ったりんごを一つもぎ、長老に手渡した。
長老はゆっくりと一口かじり、味わったあと、にっこりと微笑んだ。
「甘いのう……お前の努力の味じゃ。」
その言葉を聞いたとき、三郎の目には涙が浮かんでいた。
彼の木は毎年たくさんの実をつけるようになり、その実からさらに新しい種を取り出しては植え続けた。
やがて、三郎の庭にはいくつものりんごの木が立ち並び、村人たちもその苗を育てるようになった。
そして、村全体がりんごの実る場所となり、特産品として知られるようになった。
晩年、三郎は孫にこう語った。
「何事も諦めずに育てれば、いつか実を結ぶ。人の心も、木も同じじゃ。」
孫は頷きながら、祖父の庭を眺めた。
そこには、三郎が大切に育てたりんごの木々が、豊かな実をつけていた。
──その村では、今も三郎のりんごが育ち続けている。