小川玲奈(おがわ れいな)は普通のOLだった。ただ一つ、彼女には変わった趣味があった。
それはクリップを集めることだ。
文房具店で売られているカラフルなもの、企業のロゴが入ったノベルティ、アンティークショップで見つけた錆びついたもの……彼女の家の棚にはさまざまな形や色のクリップがぎっしりと並んでいた。
玲奈のクリップ好きは子どものころからだった。
母親がくれた初めてのクリップ、赤いハート型のそれは、彼女にとって何よりも特別なものだった。
以来、彼女はどこに行くにも目を光らせ、珍しいクリップを見つけるたびにそれを大切に収集してきた。
ある日、玲奈は古書店で一冊の古びたノートを見つけた。
ノートは手書きで埋められており、最後のページには奇妙なメモがあった。
「クリップの秘密」
世界に一つだけの特別なクリップがある。
それは願いを叶える力を持つ。
ただし、鍵となるのは“選ばれしコレクター”だ。
玲奈はこの文章に心を奪われた。
「選ばれしコレクター」とは一体誰のことだろう?
ノートには「始まりの場所」としてある住所が記されていた。
どうやらそこが手がかりらしい。
迷うことなく、玲奈はその場所に向かうことを決めた。
翌日、彼女が訪れたのは東京の郊外にある古い倉庫だった。
中に入ると、埃っぽい空気の中に何千、何万ものクリップが散らばっていた。
壁には地図や図解が貼られており、その中央にひときわ目立つ金色のクリップが飾られている。
「おや、訪問者かね?」
突然、奥から老人が現れた。
彼は白髪混じりの髭を撫でながら玲奈を見つめた。
「そのノートを見つけたということは、君も“選ばれしコレクター”候補だな?」
「え……?私はただ、クリップが好きで……」
老人はにっこりと微笑んだ。
「それで十分だよ。クリップには人々の想いや記憶が込められている。集める者は、それらを繋ぐ運命を持つんだ。」
そう言って老人は金色のクリップを手に取り、玲奈に差し出した。
「これが“特別なクリップ”だ。この世界で最も珍しく、最も力を持つもの。だが、使うには条件がある。それは――」
老人が話し始めた瞬間、倉庫全体が光り輝いた。
玲奈が気づくと、目の前に見慣れない風景が広がっていた。それは一面に散らばる巨大なクリップの海だった。
金色のクリップが玲奈の手の中で温かく光りながら、低く振動している。
「君はそのクリップをどう使う?」老人の声が頭の中に響いた。
玲奈はしばらく考えた後、笑顔で答えた。
「私は、これで人々を繋ぎたい。記憶や想いを、もっと多くの人と共有できるように。」
その瞬間、金色のクリップが眩しく輝き、玲奈の周囲に温かい風が吹き抜けた。
そして気づくと、彼女は元の古書店に戻っていた。手には金色のクリップが握られている。
それからというもの、玲奈はクリップを通じて様々な人と繋がる機会を得た。
金色のクリップを触れると、不思議なことに相手の想いや記憶が伝わるのだ。それをきっかけに、彼女は「クリップコレクター」として新たな人生を歩み始めた。
どんなに小さなものでも、人々の想いを繋ぐ力がある――そう信じながら。