月の扉

不思議

ある満月の夜、村外れに住む少女エリナは、不思議な体験をした。
エリナは毎晩、家の裏山にある古びた湖を訪れるのが日課だった。
静寂と月光が湖面に映えるその場所は、彼女にとって特別な安らぎの場だった。

その夜、湖の表面はまるで鏡のように輝き、いつもとは違う奇妙な空気をまとっていた。
エリナが湖に近づくと、突如として湖面が波立ち、中央に銀色の扉が現れた。
扉には複雑な模様が刻まれており、中央には大きな月のシンボルが輝いていた。

「開けてみるべき?」エリナは少し躊躇したが、なぜか引き寄せられるように扉に手を伸ばした。
触れると、冷たさを感じるどころか、手のひらから暖かさが広がった。
扉は自然と音もなく開き、エリナはその向こうに広がる景色に目を奪われた。

扉の向こうは、エリナの知る世界とはまるで異なる場所だった。
空は虹色に輝き、空中には巨大な月がいくつも浮かんでいた。
足元には青白く光る花が咲き乱れ、風が吹くたびにかすかに音楽のような響きを奏でていた。

その世界に足を踏み入れると、エリナはすぐに一人の少年に出会った。
銀髪で透き通るような瞳を持つその少年は、「ルー」と名乗り、不思議な笑みを浮かべた。

「やっと来てくれたんだね」とルーは言った。
「ずっと君を待っていたよ。」

「私を?」エリナは驚いて尋ねた。

「君だけがこの扉を開けられるんだ。この世界は、君の心が作り出したものだからね。」

その言葉にエリナは混乱した。
「私の心が?でも、どうして?」

ルーは静かに語り始めた。
この世界は、エリナの無意識の中で存在する場所だという。
彼女の夢、願い、恐れ、そして失われた記憶が形を成したものだった。
エリナは幼い頃、大切な友人を失った記憶を忘れようとしていたが、その心の傷がこの世界を生み出したのだと。

エリナが進むごとに、彼女の記憶の断片がよみがえり、形を変えた景色となって現れた。
かつての幸せな日々、失った悲しみ、そして忘れ去りたいと思った感情が次々と姿を見せた。
ルーはエリナがそのすべてを受け入れるのを助け、彼女の心が癒える瞬間をそばで見守っていた。

やがて、エリナはある小さな丘にたどり着いた。
そこには彼女の亡き友人の姿が幻のように立っていた。
友人は静かに微笑み、言葉なくエリナに手を差し伸べた。
エリナはその手を取り、涙を流しながら「ごめんね」とつぶやいた。

その瞬間、世界は光に包まれ、エリナは再び湖のほとりに立っていた。
銀色の扉は消え、静かな湖が元通りに広がっていた。

それからというもの、エリナは自分の心に耳を傾けることを大切にするようになった。
そして月夜の湖を訪れるたび、どこかでルーが見守ってくれているような気がしてならなかった。

不思議な扉と、そこで得た出会いと気づき――それは、エリナの人生を大きく変えるものとなった。