大城卓也は、小さな町の小さな会社で働く、どこにでもいる普通のサラリーマンだった。
しかし、彼にはひとつだけ人と違う趣味があった。
それはガムを噛むことだ。
卓也の机の引き出しには、常にさまざまな種類のガムがぎっしりと詰まっている。
フルーツ味、ミント味、コーヒー味、そして時には海外旅行の際に買ってきた珍しいフレーバーのものまである。
彼にとってガムを噛むことは単なる習慣以上のものだった。
それは彼にとって、集中力を高めるための手段であり、ストレスを解消するための方法であり、そして時には日常の単調さを打ち破るための小さな冒険でもあった。
ある日の昼休み、卓也はいつものように会社の屋上でガムを噛みながら風に吹かれていた。
すると、同僚の佐藤美咲が近づいてきた。彼女は少し恥ずかしそうに言った。
“大城さん、いつもガム噛んでるよね。なんでそんなに好きなの？”
卓也は少し驚いた。
ガムについて話しかけられることは滅多になかったからだ。
“うーん、なんでだろう。考えるときのリズムが作れるし、リラックスできるからかな。それに、ガムって一見単純だけど、フレーバーや噛み心地で結構奥が深いんだ。”
美咲は興味深そうに頷いた。
“私、あんまりガム噛まないけど、そんな風に考えたことなかった。おすすめのガムってある？”
卓也はポケットから、最近お気に入りの柚子ミント味のガムを取り出して渡した。
“これ、試してみて。柚子の香りがすごく良くて、ミントの清涼感とちょうどいいバランスなんだ。”
美咲はそのガムを受け取り、少し笑った。
“ありがとう、今度試してみるね。”
その日以来、美咲は時折卓也の机の前に立ち寄り、新しいガムを試してみたいと話しかけてくるようになった。
二人の間には次第に自然な会話が生まれ、ガムという共通点を通じて関係が深まっていった。
ある日、会社で大きなプロジェクトが立ち上がることになった。
卓也はチームリーダーに抜擢されたが、その重圧に押しつぶされそうになっていた。
会議室で何時間も頭を抱えながら資料を作っていると、ふと机の上に一枚のメモと新しいガムが置いてあるのに気づいた。
“これ、リラックスに効くって聞いたよ。美咲”
メモと一緒に置かれていたのは、ラベンダーとハーブのフレーバーのガムだった。
卓也はその優しい香りに癒されながらガムを噛み、心を落ち着けることができた。
そのおかげで、新しいアイデアが湧き上がり、プロジェクトは無事成功に終わった。
プロジェクト終了後の打ち上げで、卓也は美咲に感謝の言葉を伝えた。
“美咲さん、あのガム、本当に助かったよ。ありがとう。”
美咲は照れくさそうに笑った。
“ガムのことなら大城さんに負けないと思ってたけど、少しは役に立てたみたいで良かった。”
その後、二人はさらに親しくなり、一緒に町中のガムショップ巡りをするようになった。
ガムを通じて始まった二人の関係は、いつしか特別なものへと変わっていった。
卓也にとってガムを噛むことは、ただの趣味ではなく、人生を彩る大切な要素になっていた。
そしてその小さな習慣が、彼に新しい未来をもたらしたのだ。
