町の片隅にある小さな高校。
そのバスケットボール部に所属する陽翔(はると)は、幼い頃からバスケットボールが大好きだった。
彼が初めてオレンジ色のボールを手にしたのは、小学校の体育館だった。
当時は父がコーチをしていて、陽翔に「バスケは自由なスポーツだ」と語った。
その言葉が彼の心に深く刻まれていた。
しかし、高校に入った頃、陽翔は自由どころか、窮屈さばかりを感じていた。
部活では実績ばかりが求められ、コーチの指示に逆らうことは許されない。
選手たちは練習メニューをただこなす日々。
勝利のために全てを犠牲にするのが当たり前だという風潮に、陽翔は次第に息苦しさを覚えていた。
そんなある日、陽翔は放課後の体育館で、誰もいないコートに立っていた。
静かな空間でボールをドリブルし、何も考えずにリングに向かってシュートを打つ。
その瞬間だけは、心が軽くなるのを感じた。
「何してるんだ?」
突然の声に驚いて振り返ると、そこには同じクラスの咲良(さくら)が立っていた。
咲良はバスケ部のマネージャーで、いつも笑顔を絶やさない明るい性格の持ち主だった。
「いや、ただ…自由にシュートしたかっただけ。」
陽翔がそう答えると、咲良は少しだけ驚いた顔を見せたあと、微笑んだ。
「自由にね…じゃあ、私がパスするからもっと打ってみなよ。」
咲良の提案で、二人はしばらく一緒にシュート練習をした。
彼女のパスは的確で、陽翔は自然と笑顔になった。
心の奥底に閉じ込めていた「バスケの楽しさ」が再び蘇る感覚だった。
翌日から、咲良は陽翔の様子を気にかけるようになった。
そして、ある日彼女は言った。
「陽翔くん、どうしてそんなに窮屈そうなの? バスケ、嫌いになったの?」
陽翔は首を振った。
「嫌いじゃない。ただ…好きだったはずのものが、今は苦痛に感じるんだ。」
咲良はしばらく黙って考えた後、「じゃあ、好きな理由をもう一度見つければいいんじゃない?」と提案した。
その言葉に陽翔はハッとした。
それから彼は少しずつ、自分がバスケットボールを好きだった理由を思い出すようになった。
試合中の高揚感、仲間と勝利を分かち合う瞬間、そして何よりも、自由にプレーできる楽しさ。
その思いを胸に、陽翔は練習の合間にも自分らしさを取り戻す努力を始めた。
シーズン終盤、地区大会での大事な試合がやってきた。
対戦相手は強豪校で、陽翔たちのチームは苦戦を強いられていた。
点差が開く中、コーチはタイムアウトを取った。
そして意外なことに、陽翔にボールを託すよう指示した。
「お前らしくプレーしてみろ。」
コーチの一言に驚きながらも、陽翔は心を決めた。
再び試合が始まると、陽翔はドリブルで相手ディフェンスを切り裂き、見事なパスで仲間を助ける。
最後の10秒、3点差で負けている状況で陽翔の手にボールが渡った。
「俺らしく…自由に。」
心の中で呟いた陽翔は、迷わず3ポイントシュートを放った。
ボールは美しい放物線を描き、リングに吸い込まれた。
ブザーが鳴り、試合は延長戦へ。
その延長戦で、陽翔とチームメイトたちは一丸となって勝利を掴んだ。
試合後、陽翔は咲良に笑顔で言った。
「ありがとう。君のおかげで、自分のバスケを思い出せた。」
咲良は笑顔を返し、「それが陽翔くんのバスケだよね」と答えた。
陽翔にとって、この試合は単なる勝利以上の意味を持っていた。
それは「自由」を取り戻した瞬間だった。
そして彼は再び、バスケットボールという「自分の好きなもの」に胸を張って向き合えるようになったのだ。