小さな村のはずれに、一体の木馬が捨てられていた。
長い年月が経ち、その体は苔むし、雨風にさらされて古びていたが、どこか不思議な存在感を放っていた。
木馬はかつて、村の大工であるアルノが作ったものだった。
アルノは優れた職人で、その木馬も彼の傑作の一つだった。
丈夫で美しい曲線を持ち、子どもたちが大喜びで遊んだ。
しかし、時が経つにつれて、新しいおもちゃや遊びが増え、木馬は次第に見向きもされなくなった。
最終的に木馬は捨てられ、静かに朽ちるのを待つ運命となった。
ある満月の夜、不思議なことが起きた。
月の光が木馬に降り注ぎ、体がわずかに温かくなったのだ。
そして、木馬に意識が芽生えた。
木馬は目覚め、初めて自分の存在を理解した。
「私はただの木馬。でも、もう一度誰かに必要とされたい。」
そう願った木馬は、なんとか自分を動かそうと努力した。
古びた体はぎこちなく動き、何度も倒れたが、それでも歩くことを学んだ。
そしてある日、村の広場にたどり着いた。
広場では、村の子どもたちが楽しそうに遊んでいた。
しかし、木馬の姿を見ると、一人の少年が声を上げた。
「何だあれ!古くて汚い木馬だ!」
子どもたちは笑い、木馬に興味を持たなかった。
傷ついた木馬は再び自分の価値を疑ったが、諦めることはなかった。
夜になると木馬は静かに村を歩き回り、自分が何をすべきか考え続けた。
ある晩、村に嵐が訪れた。
激しい雨風の中、木馬は小さな泣き声を聞いた。
声の方に急いで向かうと、川のそばで一人の幼い少女が濁流に流されそうになっているのを見つけた。
木馬は全力で少女に近づき、体を支えにして彼女を安全な場所まで運んだ。
少女は驚いたように木馬を見つめた。
そして、小さな声で「ありがとう」と呟いた。
その声を聞いた瞬間、木馬の胸の中に温かい何かが満ちた。
翌日、少女は木馬を村に連れて行った。
村人たちは木馬が少女を救った話を聞き、その行動に驚き、感謝した。
大工のアルノもその話を耳にし、木馬を修復することを決めた。
アルノの手によって木馬は新しい命を吹き込まれた。
新たな塗装が施され、壊れた部分は修理され、以前よりも美しい姿になった。
村の広場に置かれた木馬は、再び子どもたちに愛される存在となった。
木馬はもう願うことはなかった。
ただそこにいるだけで、人々が笑顔になるのを見て幸せだった。
そして、満月の夜、再び月明かりを浴びた木馬は心の中でそっと呟いた。
「ありがとう。今度こそ、私はここにいる意味を見つけた。」